~うりぼうの独り言~
HPなんて面倒くさい、ブログなんて誰も読まないから書かない、って言っていた私がとうとう始めちゃいました。


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    昭和の日に
    合掌

    早いもので今日で四月も終わり。一年の3分の1が過ぎたことになります。

    昨日は昭和の日。
    昭和時代にスターダムに上がったお二人の方の訃報を聞くこととなりました。

    牧伸二さん。

    ご存じウクレレ漫談の巨匠。
    あのメロディーとフレーズはしっかりと耳に残っています。
    亡くなられる前日も舞台の仕事があったのに、何か思い詰めることがあったのでしょうか。

    私が大学生になる直前、東京のNHKスタジオを見学したことがあるのですが、階下に見えるスタジオで収録をされているタレントがいらっしゃいました。どうやら収録終了直後だったようですが、それが牧伸二さんでした。

    音楽漫談をやる方が少なくなりました。間違いなく昭和を代表するボードビリアンでしたね。


    アニマルこと、ブラッドリー・レスリーさん。
    阪急ブレーブスでリリーフ投手として活躍しました。
    勝利の瞬間の派手なパフォーマンスとキャッチャーへのどつきが印象的でした。
    引退後はテレビ番組「風雲たけし城」に出演されていましたね。

    まだ54歳でしたか。お若いですね。

    私は阪急ファンではないのですが、今から思うと、阪急っておもしろい球団でしたね。
    彼の外にもロベルト・バルボン、福本豊というテレビでお話しするだけで爆笑の渦となる選手がいました。
    しかも二人とも名選手ですよ。
    ファンのヤジも大阪らしさが出ていましたしね。


    お茶の間に笑顔を見せてくれたお二人のご冥福をお祈り致します。
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    希望ナンバー
    高知ならでは

    私自身が自動車のナンバープレートを希望ナンバーにしていることもあって、車を運転中、他の車のナンバープレートを見て、希望ナンバーかどうか、もしそうならこの番号にした理由は何だろう、と考えながら過ごす癖があります。

    ある者は誕生日だったり、ある者は産まれた西暦だったり、旧車マニアならその車の製造年か車種番号とかいろいろ想像を巡らせています。

    高知県は希望ナンバーが全国的に割合のとても高いところらしく、たくさん見かけることが出来ます。

    そんな中、ある番号が多いことに気付きました。

    その番号は、「43-51。」

    はて?何の数字?

    最初は分かりませんでした。

    いろいろ語呂合わせとか声に出してみて、気付きました。

    「よさこい」なんですね。

    高知と言えばよさこい鳴子踊り。
    その郷土愛が希望ナンバーに現れていたんですね。

    なるほどね~。

    希望ナンバーを付けていらっしゃる皆さんはどんな理由ですか?

    ちなみに、私のミラジーノは私が憧れる「アメリカン・グラフィティ」「旧き良きアメリカ」から容易に想像できる数字です。


    高知ではこう読む
    姓について

    漢字で書くと何でもないのですが、声に 出すと高知県の独自性がわかるものがあります。

    姓にそれがよく表れています。

    まずは「山崎」姓。高知県では山本姓に次いで二番目に多い姓です。
    標準語では「やマざき(カタカナは一番強く読むところ)」ですが、高知県では「ヤまさき」と読みます。なお、石川県では「やまサき」と読むそうですね。

    次に「上田」姓。標準語では「うえダ」ですが、高知県では「ウエタ」となり、さらに吾川郡いの町では「アゲタ」になります。

    そのほかでは「尾崎」が「オさき」、「田島」が「たシま」、「小島」が「オジマ」、「西原」が「サいばら」等、他県とは異なった読み方があります。

    また、「入交」「五百蔵」「別役」「甲藤」「清遠」「和食」姓は他県の方にはすぐには読めないでしょう。
    それぞれ「イリマジリ」「イオロイ」「べっチャク」「カットウ」「キヨトオ」「ワじき」と読みます。

    また、「一円」「公文」「明神」といった苗字が見られるのも高知県の特徴ですね。

    以上、トリビアでした。


    車検終了
    帰って参りました

    今朝、家の近くを散歩していると、2代目日産ローレルことC130を見かけました。
    昭和47年発売と言いますから、私が生まれた頃の旧車です。
    年配の方が乗っていらっしゃいました。

    見ると、ナンバープレートが縁起のいい数字で、今は抽選の対象となっています。
    当時は本当に入手するのが大変だったと思います。だから今も大事にお乗りになられているのでしょうね。

    さて、昨日、車検に出しておりました愛車ハネベンがようやく戻って参りました。

    一回目の検査に通らず、部品を輸入することになったので相当時間がかかりました。

    ようやく戻って来た愛車を感慨深く眺める私。

    私より長い歴史を持つ車ですからね。

    やっぱり運転すると、いいもんですねぇ。

    思い出のオールディーズ
    BE MY BABY(ロネッツ~1963年)

    懐かしい歌声が聴こえる。
    夜更けのラジオから流れるあのメロディー。
    若い日の自分を思い出しながらふと、口ずさむ。

    皆さん、こんばんは。思い出のオールディーズ、パーソナリティの吉本修治です。

    今日紹介する曲は1963年の作品で、ロネッツの「あたしのベビー」。

    全米第2位を記録したガールポップの代表曲です。

    1958年、ニューヨークで結成された三人組。ベロニカ&エステラのベネット姉妹と従姉妹のネドラ・タリーがメンバーです。インディアンと黒人と白人の血を引く彼女たち。
    「ミツバチの巣」と呼ばれた髪型と濃いめのアイラインがトレードマークでした。

    レコードデビューは1961年でしたが、ヒットには至りませんでした。こうして下積み時代の長かったロネッツでしたが、以前紹介したことのあるフィル・スペクターに見出され、転機が訪れます。
    徹底的にボーカルトレーニングをして世に送り出したのがこの曲でした。

    美しいコーラスは全米の若者の心を掴み、以後ロネッツはヒット曲を量産し続けました。

    ですが、1965年頃にはほとんど活動をしなくなり、1966年に解散。

    活動期間は長くはありませんでしたが、私もこの曲は大好きです。
    この曲を知ったきっかけは平成元年、女優の田中美奈子さんのカバーによります(マニアックでしょ)。

    それでは当時のライブ映像を交えながらお聴き下さい。

    あたしのベビー

    手続きは大変
    金融機関にずっといて

    今日は午前午後ともに金融機関での手続きに明け暮れた一日でした。

    世間では給料日、銀行の混み具合は相当のものでした。

    成年後見絡みですが、本当に大変なんですよ。

    高齢社会となった高知県にしてみれば、これから増えて来る事件と思います。

    これからは頑張らないと。



    学ぶべきもの
    こころ

    昨夜から今朝にかけての雨は凄かったですね。

    ところで、どの仕事もそうだと思うのですが、モンスタークレーマーによる理不尽な仕打ちは往々にしてあるものです。私の仕事も例外ではありません。

    私も気分を害されることはたくさんあります。
    ですが、相手の挑発に乗ってしまうと、余計にしんどい思いをすることになります。

    こういう時こそ感情を抑えて理性で動かないといけないですね。

    一方、お話を少しさせていただくだけで心が穏やかになる方がいらっしゃいます。
    こちらの粗相も笑って受け流す寛大さには頭が下がります。

    実るほど 首を垂れる 稲穂かな

    前にも書いたことがある言葉ですが、実践はなかなか難しいですね。頑張らないと。

    豪華客船
    サン・プリンセス

    今日の高知新聞夕刊に、今朝、米国の豪華客船「サン・プリンセス」が高知新港に寄港したとの記事がありました。

    全長261メートル、高さ56メートル、重量77千トンというとてつもない大きさです。

    1538名の乗客と914名の乗組員、総計2452名とはただただ唖然とさせられます。

    シドニー発で、途中シンガポール、香港を経由し、初めて日本に寄港したのが高知新港だったそうです。

    飛行機、鉄道好きの私も船に関してはあまり縁がなく、未知だらけです。

    でもいつか、乗って優雅な旅をしてみたいです。



    新しいジャンル
    入管事務

    今日届いた一通の封筒。

    私の事務所封筒だったので、あれ、何か戸籍でも請求してただろうか、と何気なく開封して納得しました。
    そうそう、やっと来ました、これこれ。

    郵便物の正体は入管事務の届け出証明書。

    入管事務は行政書士又は弁護士の内。入国管理局に届け出た者だけが業として行うことが出来ます。

    高松入国管理長の認証印ある証明書。

    これからは堂々と入管事務に関与出来ます。

    吉本事務所の大きな武器となればいいのですが。

    ルパン三世傑作選
    オイルダラーを狙え(新17話)

    この作品が公開された昭和52年頃は石油ショックから僅か数年後ということもあり、アラブの国にとっては願ってもないドル箱、という時代でした。

    今回はとある悪党がとある国家に「1億ドルよこせ。さもなくば国内全部の油田を爆破させるぞ。」と脅しをかけたところから話が始まります。
    厳重警備をしているから安全だ、と高を括った政府の油断をあざ笑うかのごとく、次々と油田が爆破されます。
    これに恐れをなした政府は金準備したので、これをいただいちゃおう、とルパン三世。

    舞台はイスラム国家で、女性は人前で素顔を出してはいけないのですが、ルパン逮捕を生きがいとしている銭形警部にはこの掟が頭に入っていなかったようで、この掟を利用した罠に引っかかった銭形警部はイスラム女性からえらい目に遭います。お笑いのシーンかな。

    爆破事件の黒幕ローレンス三世との対決シーンも見物ですが、多少下品のシーンも交えつつ、峰不二子の偽りの裏切りがルパン一味を助けるなど、なかなか見応えがあります。

    ラストは、悪は栄えず、悪銭身につかず、がよく分かる内容です。

    てなわけで笑っちゃう結末のお話でした♪

    豆知識
    人名地名

    私の事務所のホームページに、「弥右衛門地区の皆様へ」というコーナーがあります。
    これは高知市の旧土佐郡下知町の内、江ノ口川北部の総称です。

    地名の由来、皆様ご存知ですか。

    ハイ、お察しの通り人名から来ています。
    その名も弥右衛門さんという庄屋がこの辺一体の地主だったことから来ています。

    このように人名から付いた地名は、探してみるとちょくちょくあるものです。

    今はなき高知市丑之助町(現北本町)に始まり、高知市佐々木町、安芸郡田野町(高田と大野から)、等があります。

    外にもたくさんあるでしょうが裏付け出来ていないのでまた調べてみます。

    高知市の桜井町、吉田町、土居町、大谷公園町、大原町、福井町、久万等は人名ぽいですけどね。

    速度緩和
    走りやすく

    先日、南国市小籠~東山町を走る市道(バイパスが出来る前はあけぼの街道と呼ばれてたようです)を走っていた時、ふとあることに気付きました。
    この区間全線が制限速度50キロになっていたのです。少し前までは高知東道路から東へ数百メートルの短い区間だけが50キロで他はすべて40キロ規制がされていました。
    緩和されたのですね。確かに舗装し直されていて走りやすくなりました。

    高知市の電車通りに見られるように速度規制が緩和された地点が結構あります。

    産業道路全線、桟橋通、県道384号高知駅以東、土佐道路能茶山以東、宝永町~金田、国道33号咥内坂付近等が40キロから50キロに、
    南国バイパスの高須~赤岡、国道56号旧春野町~土佐市高岡町の殆どの区間、あけぼの街道の殆どの区間が50キロから60キロに緩和されました。

    この速度を原因とする交通事故がまず見られないことから交通渋滞緩和ということで速度緩和になったそうです。

    ドライバーとしては速度緩和は走りやすくなりましたが、油断は禁物。
    注意一秒怪我一生を忘れずに安全運転でいきましょう。

    嗚呼甲子園
    第一回全国中等学校優勝野球大会

    今回から始まりましたこのコーナー、高校野球フリークの私が第一回大会から順に思い出深い試合を紹介する内容です。

    記念すべき第一回は、大正4年に開催された本大会の決勝戦をご紹介します。

    全国73校の地区予選から勝ち上がった10校が大阪府豊中球場に集結。

    決勝戦は京都二中と秋田中の戦い。
    息詰まる投手戦で1対1のスコアで延長戦に。
    遂に延長13回、サヨナラ勝ちで京都二中が初代優勝校となりました。

    その日の内に京都に戻った選手達は早速優勝パレード。
    夜でしたが、京都市民は熱烈に歓迎しました。

    優勝の副賞として学校に50円(現在だと約20万円)の図書券が贈られましたが、疑問の声が多く、一回限りで取り止めになりました。

    その後京都二中は戦後の学制改革で洛南高校となり、程なく廃校。

    しかし、高校野球ファンは第一回優勝校が消滅することを残念がり、同じ敷地内にあった鳥羽高校を京都二中の継続高校としました。特別措置なんですね。

    次回は大正5年の第二回大会を紹介します。

    渉外プロを目指して
    レーゾン・デートル

    私が今後本格的に力を入れようとする分野があります。

    それが渉外法務。
    在日外国人をサポートできる職業人でありたい、そのような目標を立てています。

    今日はイギリス国籍の方がいらっしゃいました。

    流暢な日本語を話して下さったのでお話はうまく進みましたが、やはり外国語がもっと出来ればな、と感じたものです。

    40の手習い、はなかなか大変ですが、この分野でがんばるならばできる限りの語学の勉強はしてみよう、という気になりました。
    私の話しっぷりはたどたどしい英語と中国語ですが、業務の合間を縫ってレッスンしなくちゃですね。

    高知での渉外は吉本に、なんて言ってもらえたらこの上ない喜びです。
    それが私の存在意義になるのなら頑張らなくちゃ

    チャップリンと日本
    秘書は日本人

    今日4月16日はチャーリー・チャップリンの誕生日。
    これまで幾度となくお話してきました。

    そのチャップリンの秘書を長年勤め、チャップリンから絶大な信頼を得ていた日本人がいました。

    彼の名は高野(こうの)虎市。
    広島県生まれの日系人。

    きっかけはチャップリンの運転手の求人募集の案内でした。

    主人に忠誠を誓うという日本人古来の姿がチャップリンに大層気に入られ、よろず相談役、みたいな感じでした。
    チャップリンは大の日本好きとして有名ですが、ルーツは高野秘書だったわけです。

    使用人が全員日本人だったこともあるそうです。
    何度も来日し、相撲・歌舞伎を鑑賞し、海老天が大好物。

    そこまで日本好きになったチャップリンですが、秘書になって25年、ちょっとしたトラブルになり、高野は退職。

    以後、チャップリンの再要請に首を振り日本へ帰国。
    もうチャップリンと会うことはありませんでした。

    晩年を静かに過ごしました。

    彼の長男の名前はスペンサー。

    チャールズ・スペンサー・チャップリンが名付け親です。
    チャップリンと高野がいかに親密な間柄であったかを示すエピソードですね。


    30周年
    東京ディズニーランド

    今日は東京ディズニーランド開園30周年です。

    様々なイベントが催されましたが、平日なので当然私も行けず、ニュースで情報を得ています。

    そっか~、もうそんなになるんですね。
    そういえば、うちに25周年グッズがあったのを思い出しました。

    最後に行ったのは、ディズニーシーに「タワーオブテラー」が出来てまだそんなに経っていないとき。

    いやぁ、いくつになっても楽しいものですね♪

    また行きたいな♪

    合宿
    東京二泊三日

    今羽田空港でくつろいでいるところですが、この土日はとても疲れました。

    中央研修所の仕事ですが、この秋に裁判事務の二泊三日の研修が計画されており、その課題作成のために東京四谷に部員が集まってひたすらパソコンの前で知恵の出し合いをしていたのです。

    金曜午後から東京入りでしたからね、正直早く高知に帰りたいです。

    昨日は高知でも地震がありましたが、今日は東京で地震がありました。

    最近はホテルで熟睡出来ることが少なくなり、出張の際は睡眠不足気味です。
    明日からは高知で連日会議なので、今夜はゆっくり休みます。

    今日は何の日
    401年前の決闘

    ネットを見ていてたまたま気付いた出来事。

    タイトルから分かりますか?

    今から401年前、慶長17年4月13日のことです。
    関門海峡に浮かぶ舟島で対決した二人の剣豪。

    そうです、宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘が行われた日なのです。

    決闘の顛末は小説や映画で皆さんよくご存知でしょう。

    ですが、この決闘には数多くの謎が残されています。

    小次郎の死因に始まり、彼の年齢、出身地、いずれも定かではないのです。
    そもそも佐々木小次郎という人物は存在していなかったという説もあります。

    記録では舟島で武蔵と「岩流」という人物が対決したとありますが、この岩流が佐々木小次郎だという歴史的根拠がないのです。岩流は70歳を越えた老人だったとも言われています。

    20歳の美青年ではなかったようなのです。

    山口県阿武郡阿武町にある佐々木小次郎の墓は何を教えてくれるのでしょう。

    歴史のミステリーです。

    東京ホテル
    前日入り

    今夜の私は東京都内のホテルにいます。

    明日から中央研修所のお仕事で朝から晩までみっちり行うので前もって来ているのです。

    せっかくの週末も難しい本を片手にウンウンと…。

    はぁ、頑張らなくちゃ~!!

    土曜の早起きは大変だ~(>.<)

    日々の業務
    今日は外出ばかり

    司法書士業務と言うのは毎日が多種多様でその日になってみないと分からない、なんてことはザラにあります。

    毎朝出勤時に今日の段取りのおさらいをしますが、予定通りにいかないこともしょっちゅうです。

    また、その日によって一日中事務所に籠もることもあれば、始終外出し放しということもあります。

    今日は後者でした。

    私が本日事務所にいたのは午前10時30分まで。
    しかも途中、銀行に出かけたりもしてたので、机に向かっていたのはほんの僅かですね。

    高知市内と南国市、香美市でしたが、ホント、留守がちの一日でした。

    明日も午後から東京出張に向けての段取りがあり、事務所留守が多いのです。
    悪しからずm(_ _)m

    懐かしのドラマ
    俺たちは天使だ!(昭和54年)

    昨日は「俺たちは天使じゃない」という映画を紹介したので今日は正反対のタイトルのテレビドラマを紹介しますね。

    日曜夜の日本テレビの人気ドラマ「西遊記」と「西遊記Ⅱ」の間に放送された探偵コメディーものです。

    当時の私は断片的にしか見ていなかったのですが、主題曲「男達のメロディー」は頭に残っていましたね。
    ブーメランの名手の名(迷かな)探偵麻生雅人(沖雅也扮。以下今回の俳優陣は敬称略で)を主人公として繰り広げる痛快ドラマ。

    出演者は他に多岐川裕美・渡辺篤史・柴田恭兵・神田正輝。
    脇役にも小野寺昭・長谷直美・勝野洋・下川辰平ら、ってこれ「太陽にほえろ!」じゃないですか。
    当時は気付かなかったんですが、レンタルビデオで見て太陽にほえろ率の高さに驚きました。

    特に下川辰平の弾けぶりが「え~長さん、どうしたの?」って言ってしまうぐらいギャップがあるんです。
    みんな楽しみながら演じてたんじゃないかな。

    毎回のタイトルは「運が悪けりゃ○○」と「運が良けりゃ○○」が交互になってて、無名時代の浅野温子や石田純一もゲスト出演しています。

    DVDを買う、までには至っていませんが、何でもありの昭和時代、って感じで楽しめる作品です。

    ♪運が悪けりゃ死ぬだけさ、死ぬだけさ~

    男達のメロディー

    ボギー映画紹介
    俺たちは天使じゃない(1955年)

    ハードボイルドが売りのハンフリー・ボガートが三枚目を演じるコメディータッチの映画です。

    緊迫感のない展開に消極的な意見もあるようですが、私は好きですね。
    こういうボギーもいいんじゃないかな。

    ボギー演じるジョセフら3名の脱獄囚。
    強盗殺人を企てて雑貨屋に侵入するのですが、店長のお人好しぶりに話は意外な方向に進みます。

    店長の妻とこの映画のヒロインとなる娘、嫌みったらしい店長の従兄にその息子。

    以前テレビで放送されていた時に録画してて、その後も何度か見たのですが、今はビデオデッキが家にないのでテープだけが残っています(あれ?ひょっとしたら間違って処分しているかも?)。

    一見善人に見えるジョセフ達ですが、見終わった後によくよく考えると、やっぱりこれって犯罪だよ、と思ったのでありました。
    でも、これはフィクションの世界、滑稽なボギーもたまにはいいじゃありませんか。
    白黒映画の多いボギーの数少ないカラー作品の一つです。


    一週間の始まり
    始まりましたね

    毎週そうですが、月曜日はどうも腰が重いですね。

    朝からたまってた仕事の片付けに奔走し、今週の予定をおさらい。

    週末はまた東京出張ですし、木曜は香美市で会議なので結構ハードな一週間になりそうです。

    今も残業中ですし(だからブログは簡潔に)、がんばらなくちゃです。

    さてと、残りちょっとなのでラストスパートです。



    悲喜交々
    欠航危機に瀕して

    昨日は喜びと焦りの交錯した大変な一日でした。

    行きの飛行機で無料ドリンクにコンソスープが復活して喜んでました。
    お茶もジュースもコーヒーも飲む気がない時があるので嬉しかったです。

    羽田空港に着きモノレールの切符を買おうとした時、ふと目に留まる案内がありました。

    土日休日にJR山手線内の駅で下車する場合はトータルで500円という割引切符があり、私も何年間も利用してました。
    ところが、その隣の表示に一日乗車券というのがあり、これが700円。
    モノレール羽田空港~浜松町が470円ですから往復940円。
    最近の私は日帰り利用が多いため、これを使わぬ手はありません。もっと早く気付きたかったのですが、まぁお得な情報を見つけられたので良しとしましょう。

    夕方、会議も終わり、東京も雨が降り始めました。

    ネットで飛行機の運航状況を見たら私が乗る一つ前の便は定時に離陸したとのことで、多分大丈夫だろう、そんな感じでモノレールに乗っていました。

    ところが、羽田空港のロビーに大勢の困惑した旅客が目に留まり、嫌な予感がしました。

    電光掲示板に表示された欠航のお知らせのオンパレード。
    うわぁ、高知帰れんがやないろうか~。

    カウンターも長蛇の列です。

    並んでいる内に私の乗る便の表示がされました。
    ですが、欠航とも天候調査中とも表示されていません。
    もしかして予定通り飛ぶの?

    聞くと今はそのつもりですが、18時に正式に決定するとのこと。

    とりあえずチェックインしてラウンジに向かいました。
    案の定ですが、ガラガラ。
    ここまで空いているのは初めてですね。

    やがてアナウンスがあり、高知行きは運航決定になりました。
    いやはや、あれだけ欠航便がある中で(約200便!)よく帰って来られました。
    途中揺れましたけど、大したこともなく着陸。
    満席の乗客は皆ホッとしたことでしょう。

    雨の高知空港
    爆弾低気圧

    今私は高知空港にいます。
    午後から東京四谷の司法書士会館で会議があるためです。

    夜明け前からの雨音で目覚めた今朝は、飛行機飛ぶのかな、という不安から始まりました。
    どうやら無事に飛ぶようですね。

    今日は会議まで少し時間があるので、豚カツの三金に行こうと思っています。
    楽しみ♪

    来週も東京出張ですが、今日ほどの時間的余裕はありませんので、昼食を楽しんで来ます。

    では行って来ますね!

    春のボランティア
    ほんのり汗

    今朝は地元神田事業主協会の毎年恒例の花植運動に行ってきました。

    晴天に恵まれ、とても心地よいボランティア活動ができました。
    気温も暖かく、終わる頃にはほんのり汗ばんでいました。

    前回植えたパンジーが比較的たくさん残っていたので、今回は鉢植えが余り気味でした。
    でも、すべて植えて終了。

    神田街道沿いが綺麗なお花でいっぱいになりました。
    ぽかぽか温泉から吉野へ抜ける道路沿いも花植しています。

    付近を通られる皆さん、一度ごらんになって下さい。

    でも、明日は雨で大荒れという予報なんですよね。

    東京出張、大丈夫かしら(汗)←こちらは冷や汗

    完全試合
    運も左右

    大リーグ、テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有投手がヒューストン・アストロズ戦で9回二死までパーフェクトに抑え、あと一人というところで初安打を打たれた、というニュースが持ちきりでしたね。

    VTRを見ましたが、ひょっとしたら投手ゴロになってたかもしれませんね。惜しい!

    日本では昨年、巨人の杉内俊哉投手があと一人のところで四球を出してしまったケースがありましたね。杉内投手は最終的には無安打無得点を達成しました。

    完全試合は、実力だけではなかなか難しい記録ですね。
    かのノーラン・ライアンもノーヒット・ノーランを7度も達成しているのに、四球が多い投手だったことから完全試合は一度も達成できませんでした。

    味方のファインプレーなど、運にも左右されるのではないでしょうか。

    ダルビッシュ投手は残念ですが、彼は高校時代に甲子園でノーヒット・ノーランを達成しているので今度はやってくれるかもしれませんね。
    かつてトロント・ブルージェイズにいたデーブ・スティーブ投手は2試合連続で9回二死から初安打を打たれてノーヒット・ノーランを逃し、3度目は9回二死から完全試合を逃すという不運がありましたが、1990年、遂にノーヒット・ノーランを達成しました。

    我が愛するロサンゼルス・ドジャースも完全試合を達成したのはサンディー・コーファックスのみ。
    逆に3度食らっていますけどね。しかも一度は前述したようにワールドシリーズで。

    でも、完全試合よりもドジャースのワールドチャンピオンが見たい、これがファンの本心です。

    センバツ終わって
    振り返ってみれば

    選抜高校野球の決勝戦が行われましたね。

    土佐高校を破った浦和学院と高知高校を破った済美高校との試合。

    エース安楽投手の疲労のせいか、予想外の一方的展開になりました。
    優勝した浦和学院の皆さん、おめでとうございます。
    敗れた済美高校の皆さんも、先制点を挙げるなど、立派に戦ったと思います。

    振り返ってみると、5戦した浦和学院を最少失点に抑えたのは土佐高校でした。
    同点のチャンスを再三迎えていたことを考えると、浦和学院が最も苦戦した相手は土佐高校だったかしら、なんて勝手に想像したりしてしまいます。
    初戦なので緊張はあったかも知れませんが、土佐高校OBとしてはこれが酒の肴になるでしょうね~。

    みなさんきっとそうでしょうけど、自分たちを破った相手が優勝するのは何か嬉しいものです。

    もう、球児たちは夏に向けて始動しています。

    甲子園で存在感をアピールした高知高校、土佐高校のみならず、明徳義塾に高知商業。

    夏の切符を手にするのはどこの高校でしょう。

    球児の皆さん、がんばって下さい!

    もちろん私は土佐高校を応援します(^_^)v



    小雨の一日
    たまにはいいか

    朝から小雨降る一日ですね。

    肌寒いようであり、そうでもない、ちょっと不思議な気温です。

    午前は事務所に籠もりっきりでしたが、午後は少し出かける用事があります。
    雨大丈夫かな。

    でも、私、少し鼻炎の気があるので、多少湿度があった方がクシャミも出なくていいかもね。

    さぁ、午後もがんばりますか。

    今日から4月
    移転記念日

    3月18日はわが事務所の開業記念日と書きましたが、4月1日も記念日と言えば記念日。
    高知市石立町の現在の事務所に移転したのが平成18年4月1日のことです。

    あれから7年が過ぎたのですね。

    旧税理士事務所として使用されていたので内装に手間暇がかからず、思い立ってからすぐに引越し、事務所移転と相成りました。

    この7年、いろいろな思い出ある案件がありましたね。
    楽しいことも哀しいことも。

    気分新たに4月がスタートです。
    今年の4分の1が早くも過ぎたのか、なんて思いながら日々精進して参ります。

    さて、昼休みがそろそろ終わります。

    がんばりますね。




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