~うりぼうの独り言~
HPなんて面倒くさい、ブログなんて誰も読まないから書かない、って言っていた私がとうとう始めちゃいました。


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    平成元年
    あの日の出来事

    今日は土佐市の臨時職員に雷を落とすという非常に不快な思いをした仏滅日でした。
    思い出すと怒りがこみ上げるので何があったかは書きません。

    さてさて、今日、お付き合いのあるお客様と平成元年の話になりました。

    「確か、お宅の会社は平成元年からありましたよね?」
    「そうです。元々別の名前で登記する予定でしたが、1月7日に昭和が終わったでしょう。あの日が土曜だったので週明け月曜日、大急ぎで社名変更をして設立登記申請しました。わが社が高知地方法務局本局で社名に『平成』が入った第一号ですよ。」
    「ああ、そうなんですか。確かに平成になった早々、看板が出ていましたもんね。」
    「当時法人登記官だった○○さんが教えてくれたんですよ。どこが出すかな、って思っていたらあなたのところが第一号だったって。」

    23年近く前のお話です。当時高校2年生だった私ですが、この会社のことはよく覚えていました。

    時代は流れ、仕事でお知り合いになるとはね~。
    世の中って面白いですね。


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    焦るコントラバス教室
    ピンチ、ピンチ

    今日は約2週間ぶりのコントラバス教室の日でした。

    楽譜を持ってさあレッスンへ、と思っていたら、なんてこった、楽譜を忘れて用事にならん

    幸い、先生が持っていたのでそれを見ながら練習。


    今日の練習曲はスコット・ジョプリンの名曲「エンターテイナー」。
    ラグタイムと言えばこれ、聴いた事のない方っていないんじゃないの、というぐらい超有名な曲です。

    映画「スティング」の主題曲として世界的に広まったナンバーも私が演奏すると、ただの騒音

    これじゃ名曲が台無しだ~

    というわけで本腰を入れて練習しないと私が大恥をかくことになるので、指の痛みをこらえて練習に励むことにします。

    写真集
    業務・残業の合間に

    昼休み前に事務所に戻ってきたら、私の机の上に宅配便が届いていました。
    アマゾンで注文していた本でしたが、昼休みに早速開封。

    洋書です。ドイツ語で書かれています。
    私には読めません。
    解説付き写真集ですから眺めて終わりです。

    購入したのはハネベンの本。
    しばらく乗れていないのでこれで気を紛らしています(*^_^*)

    一口にハネベンと言ってもいろんな種類があります。
    1959年から1968年に生産されましたが、私の1966年物は「230S(4万台生産されました)」になります。
    これは1965年までに生産された、ハネベンの中でも最もポピュラーな「220Sb(16万台)」の後継車にあたります。

    排気量が違う、というのが大きな点ですが、すぐわかるのはフェンダーミラーですかねぇ。

    また、私の車のヘッドライトは丸目4灯ですが、オリジナルは縦長のもの。
    丸目は外国輸出仕様(対米)だったようです。
    でも、私は丸目4灯の方が好きなので満足しています。

    あと、みなさんビックリされますが、AT車です。コラムシフトで右手で作動させるのですが、後は普通のAT車と同じです。

    燃費が悪いのが悩みですが、これもご愛嬌ということで。

    松山にて
    研修会と初めての寿司

    松山市でクレサラ被害者交流集会が開催され、私も昨日日帰りで参加してきました。

    分科会は2つ受講、1コマ目が韓国でのギャンブル異存問題、2コマ目が震災について私達ができること、というものでした。

    2コマ目は私が全青司時代に常任幹事仲間だった福島県の司法書士の方の体験談や行政や東京電力に望むことについてのお話を聞きました。

    ある日突然変わってしまった彼女の生活、今、強く望んでいることは「私は帰ることが出来るのかどうかを教えて欲しい」ということでした。
    当時は一時的な避難だろうと、誰もが思っていたところ、まさか今になっても…一時帰宅が許されたけど持ち出せたものはごく僅かのもの、というお話は聞いていてどうお言葉をかけてよいか詰まります。

    でも、話すといつも気丈なんですよ。
    どんなときも笑顔だし。

    福島県の方々の気丈さを垣間見ることができました。


    帰りはイオン近くのスシローに初めて足を運びました。
    まぁ、物凄い待ち人数。30分以上待たされたのでかなりの空腹で、瞬く間に皿の山が出来ました。

    でも…、一人1000円。
    スシローならではの値段。ファミレスより安価な値段とは。

    満腹感に浸りながら、高知へと帰ったのであります。

    思い出のオールディーズ
    SUMMERTIME BLUES(1958年)

    懐かしい歌声が聴こえる。
    夜更けのラジオから流れるあのメロディー。
    若い日の自分を思い出しながらふと、口ずさむ。

    皆さん、こんばんは。思い出のオールディーズ、パーソナリティの吉本修治です。

    今日紹介する曲は1958年の作品で、エディ・コクランの「サマータイム・ブルース」。

    こんな寒い時に夏の曲?なんてことは言わないでください。

    数あるコクランのヒット曲の中で最も有名なナンバーではないでしょうか。

    6月にビルボード誌で8位にランクインしています。
    この曲は日本でも人気が高く、ライブハウス「KENTOS」では必ずと言っていいほど披露される曲です。

    しかし、コクランの栄光はある日突然終焉を迎えます。

    1960年4月16日(チャップリン71歳の誕生日)、イギリス公演中、婚約者と一緒に乗ったタクシーが大破、コクランは帰らぬ人となりました。わずか21歳の短い生涯でした。

    前年、飛行機事故で死亡したバディー・ホリーらを追悼した「スリー・スターズ」は死後発表されました。

    1987年、ロックの殿堂入りを果たしました。

    それでは、お聴き下さい。


    サマータイム・ブルース

    ルパン三世傑作選
    ベネチア超特急(新8話)

    「いや~、映画って本当にいいもんですね」、の故水野晴郎氏の映画じゃないですよ。あれは「シベリア超特急」。

    今回の舞台はイタリアはベネチア(ベニス)。特急列車に名画や宝石を乗せてやってきたマフィアのボス、ドン・マルチーノ。
    これをいただこうと躍起になるルパン三世たち。

    ところが、次元大介が地図を忘れてそれを銭形警部に見られるチョンボをやらかします。
    意外な一面ですね。
    まぁ、それがばれても計画を実行できるのがルパンの凄さなのですが…。

    変装がマルチーノに見破られて窮地に陥った峰不二子を、銭形警部に変装して助けるルパン。

    何だかんだ言っても、不二子にはルパンが必要なのですね。

    クライマックスは、ルパンがマルチーノ所有の競馬馬に乗るシーンです。
    アニメだから出来る迫力のシーンですね(^_^)

    ドジャース名投手列伝
    ジョニー・ポドレス~忘れじの胴上げ投手

    平成19年12月のジャッキー・ロビンソンからスタートしたドジャース名選手・名投手・名監督列伝。

    一応今日で最終回です。

    その最終回を飾るのがジョニー・ポドレス。

    ドジャースファンなら誰もが知っている1955年のワールドチャンピオンになった時の胴上げ投手。
    ドジャースもブルックリン時代の世界一はこの年だけでしたから、地元の熱狂はそれは凄いものでした。

    当時23歳、シーズン成績9勝10敗と振るわなかった彼が、第3戦で勝利投手となると、大事な第7戦に登板。
    宿敵ニューヨーク・ヤンキースに完封勝ちを納め、シリーズMVPに輝きました。

    グローブを天高く放り投げ大喜びする背番号45の彼の映像が今も残っています。

    ポドレスは現役通算17年で148勝、シーズン20勝も達成したことがなく、どちらかというと影の薄い投手でした。
    しかし、1957年は防御率2.66でトップ、1961年は最優秀勝率を獲得しています。

    1959年と1963年のワールドシリーズでも各1勝を挙げ、チームの世界一に貢献しました。
    公式戦ではサンディー・コーファックスやドン・ドライスデールの陰に隠れるポドレスも、ワールドシリーズではその存在感を示していました。

    平成20年に75歳で亡くなりましたが、ポドレスの名はドジャースファンの心の中にいつまでも生き続けることでしょう。

    愛車メンテ
    しばしの休息

    今朝はかなりの冷え込みでした。

    愛車ハネベンを修理に出す予定でしたので、エンジンをかけようとしたところ…

    ウィ~ン、プスプス、シュ~。

    うんともすんとも言わん(>_<)

    ありゃりゃ、この寒さにやられちゃったか~と、自動車会社に電話。
    スタッフの方が来られて再チャレンジも不発。
    まいったちや~

    と、整備士の方を呼んで再度トライ。

    そしたら、なんと一発でかかりました
    さすが、プロ

    県外への長距離や坂道走行など、ちょっとクラシックカーにはきついこともありました。
    ちょいとここらでエンジンやブレーキを休ませるとしますか。
    むしろ、納車から4ヶ月半、大したトラブルもなく今まで頑張ってくれましたもんね。

    しばらくハネベンとお別れです。

    しかし、寒さが苦手とは私とそっくりですなぁ


    ボギー映画紹介
    キー・ラーゴ(1948年)

    実に4ヶ月ぶりのハンフリー・ボガートの映画コーナー。

    大学時代にレンタルビデオで借りて観たのが最初です。

    ボギーは退役軍人フランクの役で元部下の遺族に会いに来る設定で描かれています。

    その未亡人ノーラ役が妻のローレン・バコール。

    フロリダのホテルが舞台に話が繰り広げられますが、実はこのホテルがギャング一味の隠れ家となっており、
    ホテル支配人家族は彼等に脅迫され続けます。

    元少佐であるフランクはギャングの言いなりになり、一切抵抗しようとしません。
    そんなフランクにノーラの怒りは溜まる一方。

    しかし、彼等の正体を見破ったソーヤー保安官が射殺されたことからフランクの気持ちが変わり、従順を装いながら反撃の機会を伺うようになります。
    そして、いかにして反撃したかは見てのお楽しみで。

    最後の最後でボギー、やっぱりかっこいいなぁ、と思う作品です。


    高知新聞を見て
    ホーチミンを思い出す

    今日の高知新聞にベトナム・ホーチミンの光景の写真がありましたね。

    ビックリするぐらいのバイクの大群。
    そうそう、こんな感じでした。
    騒音も凄かったですよ~

    土佐電子がホーチミンに工場を設置したのでその特集記事でしたね。

    実は、土佐電子は私が短期アルバイトをしたところなんですよ。
    うちからそんなに遠くなかったので通勤はラクでした。

    もう10年近くも前の話ですね。

    デジタルカメラの液晶についたゴミを除去して組み立てる作業でしたが、なかなか頭の痛い仕事でしたね。

    わずかなゴミもだめなので目が物凄く疲れる仕事でした。
    肉体的よりも視覚に疲労を覚える作業でした。

    まぁ、今もパソコンに向かっているので目の疲れる作業であることには変わりはないのですが…。

    被災地視察(最終回)
    陸前高田市(後編)

    本当に飛び飛びで1か月以上かかってしまいました。

    今日が最終回です。

    陸前高田市市街地から少し高台の場所に案内されました。

    今年10月、日本司法書士連合会が立ち上げた復興支援事務所「陸前高田司法書士相談センター」です。

    2名しかいない陸前高田市の司法書士の方(親子共同事務所なので事実上唯一)の事務所の敷地内に設置されています。
    開設後1週間経っていないのにたくさんの相談があり、休む間もない、と仰っていました。

    愛着のある事務所を流され、悲しいはずなのに、物凄く力強く前を見て生きていらっしゃいました。
    「今、沿岸部は司法書士が足りなくて困っている。現に大槌町から相談者がやってきているんだ。仕事がなくて生活に困っているという司法書士、東北へ来い。いくらでも仕事はあるぞ。」

    司法書士は自分と娘しかいないから、自分たちでこの街の人々の権利を守らなければ、という強い気持ちが伝わってきました。
    上手くいえませんが、本当に熱いハートを持っていらっしゃいます。

    都会を批判するわけではないですが、こんな小さな街にこんな大きなハートを持った司法書士がいらっしゃいます。
    齢は私の父とあまり変わらない先輩に深い敬意を表しつつ、陸前高田を後にしました。


    自然の恐ろしさに言葉を失い、重い気分になることの多かった今回の訪問も、司法書士の鑑というべき方に会えたこと、貴重な体験でした。

    私が出来ることは本当にちっぽけなことです。でも、やろうとしている、その気持ちを失わないこと、それだけでもだいぶん違うということも岩手県の方々に教えられました。


    遠い遠い南国の地からでも東北の皆さんをずっと思い続けています。

    秋深し
    隣は何をする人ぞ

    昨晩もそうですが、本当に寒くなりましたね。

    日中、自転車で出かけましたが、晴れているのにひんやりしています。

    私の嫌な季節ですね。

    夜も温かくして寝ているのですが、朝が辛いです。
    布団から出たくない~

    懐かしき住居
    門田屋敷一丁目

    40歳になって初めての休肝日です

    先週の金曜から日曜にかけて岡山市に行っていました。

    日本司法書士会中央研修所の仕事で前日から準備をするためです。

    岡山は私が20代後半に暮らした思い出の街。
    今は政令指定都市になって私の旧住所も変わりました。

    これまで司法書士になってからも幾度となく訪れたこの街ですが、旧住所に足を運んだことは一度もありませんでした。
    研修終了後の日曜日の午後、ふらっと足を伸ばしてみました。

    岡山市(中区)門田屋敷一丁目。
    路面電車東山電停の近くにある賃貸マンション「昭和ハイム門田屋敷」。
    その名の通り昭和時代に建てられたマンションですが、今もそのまま残っていました。

    私が住んでいた部屋も今も誰かが住んでいるようです。

    しかし、マンションの隣にあったガソリンスタンドは取り壊されていました。

    でも、安価な飲み屋は今も残っていて嬉しかったですね。

    その向かいにあるコンビニ。
    あれ、こんな店あったっけ?

    思い出しました。

    ここには「東山バッティングセンター」があったのです。
    ビリヤード場もありました。

    そうか、なくなってしまったのか…。

    目の前の東山電停は変わらず佇んでいますが、10年も経つといろいろと変わるんですね。

    懐かしさと淋しさを感じながら門田屋敷を後にしました。




    不惑
    人生の折り返し地点

    Facebookではお知らせしましたが、本日私は40歳になりました。

    いろんな方にお言葉をいただき、或いは贈り物をいただきました。

    正直40歳という実感はあまりないです。
    30歳のときと違って誕生日来て欲しくなかった、という感情はありませんでした。

    淡々と今日の業務をこなしました。

    午後、しばらく乗ってなかったハネベンにちょっとだけ乗りました。
    エンジントラブルも無く、快調でした。

    今、事務所で一人ですが、40歳になって感じるのは
    「人生の半分は終わった」ということをかなり意識しています。

    吉本家の男で80歳まで生きた者がいないこともありますね。
    そう思うと、40年、いや、人の一生ってホント短いなぁと。

    そんなとりとめのないことを思いながら今日のカキコは終わりです。

    ではでは。

    地域ボランティア
    秋深まり

    今日は半年に一度の神田事業主協会の「花いっぱい運動」の日。

    朝から神田街道をメインに花植え作業です。

    私達のグループは石立十字路から旧郵政官舎跡地までの区間の花植を担当しています。

    今年から私達のグループに新たな仲間が加わりました。
    小学校のときのクラスメートです。もう30年以上の付き合いになるんですが、このグループに入ったんですね。

    高知新聞にもでかでかと掲載された彼、職業を言うと地元の方は一発で分かるでしょうね。

    黄色い帽子を被ってランドセルを背負った少年たちは、いつしか視力も体力も衰えた(笑)おんちゃんになっていました。

    当時はとても狭くて自動車のすれ違いも大変だった神田街道。
    平成になってすっかり様変わりをしました。

    今日の花植えは肌寒い気温の中行われましたが、作業に携わったメンバーはとても温かい気持ちになってそれぞれ帰路についたのでありました。

    被災地視察(その7)
    陸前高田市(前編)

    とびとびになってすみません。

    大船渡市から南下した私達が最後に向かったのは陸前高田市。
    ここも大きな被害のあったところでした。

    俳優村上弘明さんの故郷で、変わり果てた古里に涙したコメントを見て、
    東京にいても、懐かしい故郷を失った方は被災者なのだ、ということを感じたものでした。

    広い平野が見えますが、建物がほとんどありません。
    遠い彼方にやっとのこと、建物が見えます。

    10月25日の高知新聞に陸前高田市の小学生の運動会の記事が掲載されていました。
    運動場のずっと向こうに大きな建物が見えます。

    一見無傷に見えるこの建物は海辺のホテルでしたが、近くで見ると1階、2階がメチャクチャになっているのです。
    あの写真ではそれが分かりませんでした。
    写真で伝わらないことがあるんですね。

    デパート近くにたたずむ軽四自動車。持ち主の現れないぬいぐるみ。
    信号機のない交差点。建物も何もない十字路。

    一つの町が変わり果てていました。

    第3回司福会
    子ども問題

    昨日は司法書士と社会福祉士との年一回の交流会が開催されました。

    今回のテーマは子どもの問題を取り扱ったものですが、普段業務ではなじみの薄い分野でしたので、新たな発見がたくさんありました。
    児童虐待とはどのようなものか、またその対処方法とは、いろいろと考えさせられる内容でした。

    グループ検討会はあっという間に終わった感じです。

    夜は懇親会で美味しい食事をいただきました。

    来年もまた開催されますが、友好関係をずっと持ち続けたいですね。

    遂に到達
    50,000ポイント

    昨日は東京日帰り出張でしたが、ちょっとした出来事がありました。

    今回のフライトでANAの今年度のプレミアムポイントが50,000に到達しました。

    プレミアムポイントはマイルと違って、飛行機に乗らない限り貯まらず、しかもポイントが貯まりやすい運賃と貯まりにくい運賃があって、少し金銭的に無理をしなければ50,000ポイントにはなかなか到達できません。

    高知-東京を株主優待券(プレミアムクラス)で乗る、というスタイルをベースに行い、その他いかに効率よくポイントを貯めるかを考えながら乗っていました。
    海外旅行に二度行きましたが、これも大きなポイント獲得となりました。

    50,000ポイントを達成するとプラチナ会員となり、様々な特典が与えられます。
    混雑時の優先搭乗や手荷物優先はありがたいですよね。

    帰りの飛行機で客室乗務員の方からちょっとした記念品(おもちゃ)をいただきました
    嬉しかったです。

    被災地視察(その6)
    大船渡市

    日付変わって10月23日の日曜日。

    早朝から再び沿岸部に向けて走り始めました。

    まずは釜石市の南にある大船渡市へ。

    防災無線が聞こえてきました。

    防災イベントの告知でしたが、若い女性の声でゆっくりと、短い、抑揚のないトーンでした。
    あの日、宮城県南三陸町で流れた遠藤未希さんのアナウンスを思い出しました。

    最初市街地を走行しているとき、警察署や市役所など、被害がさほどないのでは、という印象を受けました。
    ところがそれは間違いでした。

    沿岸部に到着したとき、おびただしい量の瓦礫の山が見えました。
    津波にやられた自動車が山積になっています。
    どうやったらこんなに変形するのだろう。
    新車登録間もないものもありましたが、無残な姿でした。

    海面のすぐそばに立ちました。
    大船渡の海は黒く濁っていました。

    何もないところに立っていましたが、私の目の先には住宅がたくさん見えます。
    ちょっとした立地で明暗を分けてしまった町だったんですね。

    高台は無事でしたが、沿岸部は…。
    聞くと、何もないこの荒地は商店街で店がたくさんあった場所だったそうです。




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