~うりぼうの独り言~
HPなんて面倒くさい、ブログなんて誰も読まないから書かない、って言っていた私がとうとう始めちゃいました。


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    小休止
    小旅行

    ちょっと出かけてきます。

    てなわけでしばらくブログをお休みします。

    しばしお待ち下さいな。
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    ジャージ姿で
    帯屋町

    昨日の支部総会の後、ゆっくり就寝した私は今朝は綺麗に目覚めて須崎市へ。

    毎月1回お会いしている方の定期面談日です。

    世間話をした後、今度は南国市へ。

    私が相続財産管理人をしている方の空家に行って書類の探索です。
    というのも、家庭裁判所から、この方名義の土地を耕作している方がいるから調べて欲しい、
    という指示を受けたために調査に乗り出したものです。

    ジャージ姿とネームプレート(怪しい人と思われないために)をつけて蜘蛛の巣の張り巡らされた家に入りました。
    しかし、前回もそうだったのですが、貴重品や証書は見つからず、骨折り損のくたびれもうけ。

    ただ、この方はかなりのレコード収集家だったようで、貴重なレコードがたくさんあり、思わず見とれていました。

    そうこうしていると、家に近付いた一人の男性。
    恐る恐る声をかけると、ああ、私が探していた方でした。

    おかげさまでいろいろなお話を聞くことができました。
    手紙や電話だと埒が明かない話も直接顔を合わせて話すとスムーズに流れます。

    お互い笑顔で別れました。

    遅めの昼食をコンビニ弁当で済ませ(哀)、高知市帯屋町のグリーンロードへ。

    相談会が開催されていたのでヘルプです。
    私も一件相談に乗りました。

    南国市から直接ここに向かったので、私はジャージ姿です。
    大勢いるのに。

    これが平気だなんて、私も歳ですね(*^_^*)

    春雨
    荒れた一日

    大雨になったり、止みはしたが強い風が吹いたり、雷が鳴ったり。

    今日の高知市の天気は大変でした。

    私も外出時にちょうど大雨に降られ、傘の骨が曲がってしまうハプニング。
    どうも、私は傘の相性が悪いですね。

    このように雨が強いと、日課の散歩もさすがにお休みかな。
    ちょっと残念ですが。

    先日、夕方の明るいうちに散歩していたら知り合いに二人も会ってしまいました。

    もう、恥ずかしいので散歩はこれまでどおり夕食後就寝前の夜間に戻します。



    永遠のアイドル
    キャンディーズ

    私が物心付いた時に、初めて知ったアイドルがキャンディーズ。
    「8時だヨ!全員集合」でドリフターズとコントをする彼女たちを毎週楽しく拝見していました。

    今、スーちゃんこと田中好子さんのニュースで持ちきりです。
    当時の私はなぜ、彼女がスーちゃんと呼ばれているかが分からなかったのですが、「好」の訓読みから来ているんですね。

    今日初めて、告別式で流れた彼女の生前の肉声を聞きました。

    涙が出ました。

    最期を悟り、息をするのも辛いという時に二人のメンバーへの感謝の気持ちを忘れず、また、東日本大震災の天国の被災者への支援活動を行う宣言されたのには本当に驚きました。

    こんな遺言、今まで聞いたことがありません。

    今まで何気なくドラマを見ていたのですが、こんなに素晴らしい心を持っている方だったんですね。

    告別式の後の出棺時、ファンの方が法被着てテープを投げるシーンがまた涙を誘いました。
    皆さん、職場で結構な地位にあられるはずなのに、少年時代を思い出し、当時の衣装のままでやってきたんですね。
    いかにキャンディーズが愛されていたかを知りました。

    スーちゃん、天国で夏目雅子さんに会えましたか。
    いかりや長介さんがあのだみ声で「何だい、スー。おめぇもう来ちまったのか。まだ早ぇよ。」と下町口調で話せば、クレージーキャッツのメンバーが「まぁまぁ、長べぇ、堅ぇこと言うなよ。」となだめる、なんてシーンが想像できます。

    私はキャンディーズの曲では「年下の男の子」が一番好きなのですが、映像を見て衝撃を受けたのが「その気にさせないで。」
    チャイナ服姿が可愛い&セクシーで、バックの指揮者、スマイリー小原氏のダンスに笑みがこぼれました。

    天国での支援活動も大変でしょうが、スーちゃん、ゆっくり休んでくださいね。




    その気にさせないで

    市議選に思う
    結果を振り返って

    今回の高知市議選は前回の県議選に続き、期日前投票をしてきました。
    昨晩(と言っても今日ですが)に大勢が判明しましたね。

    今朝の高知新聞を見ていろいろ思うところがありました。

    あまり多くを書くと私が誰に投票していないかが分かってしまうのですが、今回の私の投票基準は純粋に「政策」で決めさせていただきました。

    ハガキの宛名を間違えて平気な方、お願い事に対してあまり動いてくれなかった方、政策の見えない方、投票を遠慮させていただきました。

    毎回低下する投票率。
    政治離れは深刻です。

    それよりも私が選挙の度に不思議に思うのが、成年被後見人に選挙権がないにもかかわらず、これを法改正しようと立ち上がる候補者、現職が一人もいないことです。
    被後見人は財産管理権がないだけであって、参政についての判断能力が失われているわけではありません。

    誰も何とも思わないのかなぁ。


    のんびり休日
    のほほん

    うりぼう@羽田空港です。
    今ラウンジで帰りの飛行機を待っているところです。

    会議は昨日だけでしたが、今日はのんびり街ブラ。

    本屋に行ったり、百貨店に行ったり。

    大学時代に都内でのほほんと過ごすことはあっても、社会人となった今、なかなかそういう時間が取れなくなりますね。

    高知へ帰って一ヵ所お客さんの所に行くのですが、後は自宅でのんびり休んで明日からに備えます。

    ちょっと忙しくなるかな(-.-)

    初搭乗
    モヒカンジェット

    今日は中央研修所会議のため東京四谷の司法書士会館に出かけておりました。

    高知空港で搭乗を待っているときにふと外を眺めると、飛行機がいつもと違います。

    そうです、一昔前の塗装で「モヒカンジェット」と呼ばれたスタイルでした。

    私が初めて飛行機に乗ったのが昭和63年の春。
    伊丹行きのモヒカンプロペラ機でした。
    羽田行きのジェット機に乗ったのは翌平成元年の春でしたが、この時には現在の塗装になっていたので、モヒカンジェットに関しては正真正銘初めてです。

    乗ってしまえば何も変わらないのですが、初めての大阪フライトのことを思い出していました。

    離陸後程なく客室乗務員の方がおしぼりを持って来てくれて、後でキャンディーを持ってきてくれたことを覚えています。

    新聞の他に週刊誌も置いてあって、今とは結構違ってたなぁ。

    ちょっと高校時代を思い出したうりぼうでした。

    一週間
    無事終了

    何とか今日の業務も終わりました。

    デスクワークにお客さんの所への訪問、ノルマは達成できたかな、という自己評価です。

    しかし、その一方でいや~なこともありました。

    相手の立場を考えるともっともなんですが、私もまだまだ青い、気持ちに余裕が持ててないですね。

    余裕があれば、ハイハイ、って感じで右から左へ受け流すこともできるんですよね~。
    ちなみに↑は懐かしいネタ。

    明日はまた東京出張です。
    始発便に乗るので今夜はゆっくり休みましょう。

    長時間記録
    3時間

    司法書士・行政書士としての大事な業務として相談業務があります。

    短い時は5分とかからない時もありますが、長い時は本当に長いです。

    今日の午前は相談を1件入れているだけでその他は予定がありませんでした。
    予定より少し早めに見えられたご高齢の紳士。
    大会社の社長さんだった方で、遠路はるばる高知まで来られました。

    昭和一桁世代のバイタリティーの凄さに圧倒された午前でした。
    ちょうど3時間。
    80歳を過ぎてこの長時間お話をされる体力、大企業の社長たるもの、これぐらいのパワーがないとだめなんだね、
    と事務員と二人で感心しながら話し合ったものでした。

    この3時間というのはうちの事務所に来られた男性客で最長相談時間記録です。
    いやぁ、凄かった。

    男性、って書きましたよね。

    では、女性客の最長記録ってどれぐらいだと思います?
    途中で雑談の時間も結構あったんですが正解は…


    5時間

    です。今年の2月に記録しております。

    美人さんだったんでね、つい…。
    それでも長い長い。

    交通安全
    手を上げて横断歩道を渡りましょう

    香美市土佐山田町国道195号線山田警察署付近を走行していたときのことです。

    ふと目をやると二人の小学生の男の子が信号のない横断歩道の前に立ち止まっていました。
    二人とも右手を上げていたので私は徐行して停車。

    感心な子供だな~、と思いながら二人を見ていました。

    ところが、対向車線の車が一向に停まらず、二人はじっと手を上げたまま。
    5台ぐらい通過してようやく一台の車が停車しました。

    二人はやっとこさ横断歩道を渡りきりました。

    「狭い日本そんなに急いでどこへ行く。」
    という有名な標語がありますが、今日の出来事なんかゆっくり停まってあげようよ。

    まぁ、私も先を急ぐこともありますが、児童の模範になるような心の余裕も大事ですよね。

    急いでいなかったから生まれる心の余裕か、ちょっと上から目線のうりぼう、ごめんね~

    とは言いながら、時間に余裕を持ちすぎて市内でいろいろ寄っていたら肝心の会議に少し遅刻
    もう、何やってんの~

    いいことしたつもりが結果的にヘマになってしまうなんて、私らしいなぁ(笑)


    旧街散歩
    発見・上町

    私が散歩コースで必ず通る上町。

    現在は東から西へ一丁目から五丁目までありますが、昔は上町という地名ではなく、境界も東西に沿って設定されていました。

    北奉公人町(第四小学校付近)
    本丁筋(電車通り)
    水通町(火曜市)
    通町(川村病院付近)
    南奉公人町(高知県信用保証協会付近)
    築屋敷(堤防沿い)
    と、東西にとても長い(約1キロ)町だったんですね。

    上記の旧北奉公人町から南奉公人町の地区は、自動車の往来もよくある区間です。
    しかし、一番南の築屋敷は自動車は地元住民しか通らない区間です。

    いつも静かなたたずまいを見せるこの町は散歩をしていても本当に静寂です。

    建物も昔ながらの建造物が多く、昭和時代へタイムスリップした気分になります。

    高知市に生まれて約40年、まだまだ知らない高知市がたくさんあります。
    大抵暗い時に散歩するのでちょっと勿体ないですね。


    春眠
    暁を覚えず

    随分暖かくなってきた今日この頃ですが、それでも今朝は雨が降っていたこともあり、肌寒い一日でした。

    平日は目覚まし時計をかけていますが、なかなか起きられないですね。
    休日は自然に目が覚めるまで寝続けるので午前9時を過ぎることもよくあります。
    今朝も6時半にセットしていましたが、身支度が調い、家を出たのは8時半前。
    ゆっくり起きて、新聞読んで、弁当の準備して、アイロンかけて…
    なんてことをしていたらあっという間に時間が過ぎていきます。

    月曜午前というのは電話がかかってくることも多く、何やかんやで慌しさがありました。
    午後には少し落ち着きましたがね。

    何年経っても月曜のペースはなれないですね。

    雨もやんだので今夜も散歩せよ、ということですかね。
    これから今日最後のお客さんに会いに行ってきます。

    おわり



    ボギー映画紹介
    三つ数えろ(1946年)

    全青司制度委員会のMLで私の映画マニア振りが発揮(?)されていますが、今日も一本を紹介しましょう。

    私がDVDで持っているボギー映画作品ですが、繰り返し見てもやっぱり面白いな、と思うものです。

    レイモンド・チャンドラーの傑作ハードボイルド小説「大いなる眠り」を映画化したサスペンスです。

    ボギー演ずる名探偵フィリップ・マーロウ。
    チャンドラーは、「マーロウはもっと背が高い。」とボガートに難色を示していました。
    「意外と背が低いのね。」といわれるシーンがあります。

    うりぼうも小柄です。私に会ったことのない方、私は162センチです。
    チャーリー・チャップリンと同じ身長です(体重はチャップリンより少し重い。痩せなきゃ

    この映画にもボギーの妻、ローレン・バコールが出演しています。
    マーロウに仕事を依頼する、ヴィヴィアン・スターンウッド役ですが、したたかな女性を演じています。

    「大いなる眠り」が原題のこの映画、なぜ「三つ数えろ」という邦題がつけられているのでしょう?

    それはクライマックスシーンのマーロウの台詞にあります。

    「助かりたければ三つ数えろ。」

    一私立探偵がここまで強心臓なの、と突っ込むのはやめましょう。

    ボギーのかっこよさの前にはそんなことどうでもよいのです

    思い出のオールディーズ
    ONE BOY(ジョニー・ソマーズ~1960年)

    懐かしい歌声が聴こえる。
    夜更けのラジオから流れるあのメロディー。
    若い日の自分を思い出しながらふと、口ずさむ。

    皆さん、こんばんは。思い出のオールディーズ、パーソナリティの吉本修治です。

    しばらくお休みしていましたが、再開いたします。
    この思い出のオールディーズは、私が平日の深夜に聴いている「ジェット・ストリーム」を意識して始めたものですが、このシリーズは普段よりもブログ作成に時間がかかるため、少しご無沙汰していました。
    楽しみにしていた方、ごめんなさい。

    今日紹介する曲は1960年の作品で、ジョニー・ソマーズの「ワン・ボーイ」。
    当時19歳だった彼女のデビュー曲で全米最高54位の曲ですが、そんな順位だったかな、というぐらい有名な曲です。

    ジョニーはもともとジャズ歌手。ハスキーボイスでなかなかの人気者でした。
    そんなジョニーがポップスも歌えますよ、ということで出した曲がこれ。

    数多くの日本人にもカバーされています。

    それでは、お聴き下さい。


    ワン・ボーイ

    ルパン三世傑作選
    ネッシーの唄が聞こえる(新4話)

    久し振りにルパンネタ復活です。

    スコットランドのネス湖で乗馬を嗜む峰不二子。優雅ですね~。
    上機嫌の不二子が口ずさんだ歌になぜかネッシーが惹き付けられ、姿を現します。
    なんちゅう設定や(笑)。
    しかも、不二子が歌った曲は「誰かさんと誰かさん」。ドリフターズのコミックソングとして知られる曲です。
    小学校では「故郷の空」と習ったんじゃないかな。
    確かにスコットランド民謡ですけど…。

    ちなみに文部省唱歌の「故郷の空」ですが、原曲の歌詞は「誰かさんと誰かさん」そのもの。
    当時PTAがドリフターズをバッシングしたのは見当違いで、批判されるべきは原曲の意味も知らず勝手に崇高な詞をつけた明治政府なんですよ~。

    話はそれましたが、このネッシーを使って悪巧みを考えたドクター・オズ。
    不二子をさらっていきます。
    もちろんルパン三世は大慌て。
    不二子救出にやる気のない次元大介をボコボコにしちゃいます(ありゃりゃ)。

    ネッシーを気遣い、オズの要求を頑なに拒否する不二子。

    今回の不二子は悪女のイメージはなく、優しい女の子の設定で描かれています。

    たまにはこういう不二子もいいのではないでしょうかね

    春なんですが
    日没後の寒さ

    4月も中旬となり、日中も随分あったかくなってきましたが、寒がりの私にはまだまだ不十分。
    特に日没後の寒さはまだまだです。

    もちろん、一時のようにヒーターにあたったり、炬燵で丸くなる、ということはなくなりましたが、就寝時は毛布がないとダメですし、散歩しているときも汗なんてかきそうにないです。

    今夜から速度を上げてみることにしましょう。

    少しは温まるかな?

    今日は早めに帰宅します。

    文学を楽しむ
    蟹工船

    中高生の時に国語の授業で習ったものの、今まで一度も読んだことのなかった文学作品。

    GALAXY TAB で電車の中で読んだりするようになり、ちょっとハマり始めました。

    今回紹介するのは小林多喜二作の「蟹工船」。

    プロレタリア文学の代表といわれている作品で、過酷な労働を強いられている労働者たちの哀愁を描写しています。
    昭和4年の作品ですが、今見ても色褪せていないんですね。
    面白くて一気に読破しました。

    数年前にブレイクしたときにも読まなかった私ですが、今さらながらこの作品の素晴らしさに感嘆しております。
    まるでノンフィクション小説を読んでいるかのようでした。

    ところどころに人間味溢れる描写があって(このブログでは書きづらいなぁ)、それがリアリティーを感じるんですよね。

    そのほかにもいろいろと読み始めています。
    面白い作品があったらまた紹介しますね。

    お知らせ
    アンテナショップ

    JR東京駅八重洲口。

    東北地方へ向かう高速バス乗り場を通過しながら南に歩くと、「八重洲ブックセンター」という大きな書店があります。
    私も何度となく足を運んだ店です。

    その書店をもう少しだけ南に歩いて行った所に福島県のアンテナショップがありました。

    高知新聞に紹介されていたので昨日、足を運んでみました。
    店自体は小ぢんまりしてそんなに広くはありません。
    10人も入れば移動が少し、し辛くなる程度の広さです。

    その店で福島県土産を僅かではありますが購入させていただきました。
    平成19年に行った時に購入して大満足だったお菓子や、深刻な問題を抱えている浜通りに何か名産はないか、と探し回りました。そして、いわき市や南相馬市産の食品を購入しました。

    金額にしては微々たる物です。
    それでも少しでも福島県の為になるのなら、とできる限りの協力をさせていただきました。

    皆さんも、東京に出張した際、時間があればアンテナショップ、のぞいてやって下さい。


    節電の街
    余震と薄明かりの中で

    今日は東京四谷の司法書士会館で会議があったので出席していました。

    震災後、初めて東日本に足を踏み入れました。

    昨日中に東京には着いていたのですが、羽田空港に着いた時の第一印象が、明かりが暗い、ということでした。

    空港に限らず、駅や店も節電していました。
    特に、四ッ谷駅がほぼ真っ暗なのはビックリしました。
    エスカレーターも止まっていました。

    昨夜のホテルにいる時から帰りの羽田空港で待っている間、幾度となく余震が襲ってきました。
    特に羽田空港にいた時は長い時間揺れを感じました。

    昨日の東北の同業者の一言、そしてここ東京で見かけた光景、改めて平常どおりの高知の平和さを実感しました。

    大阪役員会
    新会長

    昨日は延期になっていた全青司定時総会が大阪で開催されました。

    新たな会長の下、新体制でスタートします。

    今回、被災地からも同業者が数名大阪に来ておりました。

    いろいろお話を聞いてみると、テレビや新聞では伝えることの出来ない、凄惨な現実があることを知りました。
    とてもここではお伝えすることが出来ません。
    私の想像を絶していました。

    「続きは話さないで。泣いてしまいそうだから」
    と私が遮った話もありました。

    新たな事務所探しに奔走する方の話も聞きました。

    でも、私の印象に残ったのは、
    「(平和な)大阪の街を見ていると、(東北で)地震が起きたのが信じられない。」
    という一言でした。

    同じ日本なのにこんなに違うんだ、被災地の方々の率直な気持ちだと思います。

    私達に何が出来るか、日々悩んでいますが、こういう方々の話に耳を傾けるのも大事なことでしょうね。

    降り頻る雨の中で
    地域ボランティア

    昨夜就寝前に飛び込んだニュース。
    緊張感溢れるアナウンサーの声に思わず聞き入ってしまいました。
    阪神大震災を超える規模の揺れ。
    これは余震と呼ぶ類ではないでしょう。

    神様お願いです。これ以上被災地の方たちを苦しめないで下さい。

    今朝は半年に一度の神田事業主協会の花植え作業日。

    被災犠牲者たちへの黙祷から始まった今回の事業。
    私はこれまで10回以上この事業に参加していますが、一度も雨に打たれたことはありませんでした。

    しかし、途中から雨足が強くなり、皆びしょ濡れに。
    それでも誰も文句を言わず、何事もないかのように作業に没頭していました。

    県道37号線石立十字路北から旧郵政官舎跡(よどやドラッグ付近)にある花は私達の班が植えたものです。
    (神田街道は他の班が植えています)
    皆さん、機会がありましたらのぞいてやってください。

    花植えの後は献血。400ミリ寄贈してきました。
    今回で58回目ですが、注射の痛みは何回やっても慣れません。

    午後は官公署(2ヶ所)とお客さんのところ(4ヶ所)をひたすら訪問。
    最後はもうくたくたでした。

    明日は久し振りに飛行機に乗ります。

    それではおやすみなさい。

    取引
    登録免許税

    私も混乱していたので人のことは言えないのですが、司法書士にとって重要な登録免許税に関する諸法のうち、4月1日から改正されたもの、改正されずそのままになったもの、様々でした。

    住宅用家屋取得に関する租税特別措置法やオンライン申請による5,000円の減税はそのまま継続されました。

    その一方で土地売買に関しての登録免許税率が1000分の10から1000分の13に引き上げとなりました。
    例を挙げて分かりやすく解説すると評価額1,000万円の土地を購入した場合の登録免許税は3月31日までの申請が10万円、4月1日以降の申請だと13万円となるのです。
    意外と大きな値上げなんですよ。
    ただ、評価替えが行なわれていて1,000万円の土地が900万円に下がることもあります。それでも税率から見るとかなりの引き上げといえるでしょう。

    今日の取引は1000分の13に施行後初の取引で買主には重い負担となりました。

    抵当権設定もあり(土地のみなので租税特別措置法減税の適用がありません)、かなりの登録免許税となりました。

    日本政府、この税金上手く活用してくださいね!

    新旧交代
    これも時代か

    4月1日から新年度がスタートしましたが、官公署においても例外ではありません。

    しかし、今回の件はあまりに唐突で(私が知らなかっただけなんでしょうが)、一抹の淋しさを感じたことでした。

    つい先日、オンラインで登記事項証明書を請求したのですが、いつまで経っても交付されません。
    一体何があったのかしら、と思っていたのですが、法務局へ行った私はビックリしました。

    印紙売り場、乙号事件交付窓口、メンバーががらりと替わっていたのです。
    どういうこと?

    ちょうどそのとき、法務局OBの相談員に会ったので事情をきいてみました。

    簡潔に言えば入札制。

    顔なじみの職員さんは誰もいなくなっていました。

    窓口に行った時に
    「吉本さん、この謄本もいるがやないが?」
    と気を利かせて言ってくれた方、
    「吉本さん、朝倉で見かけましたよ。」
    と笑顔で話しかけてくれた方…

    3月31日が最後だったんですね。
    こんなことなら挨拶交わしておけばよかった。
    何も知らなかったから、誰にも挨拶していないのに。

    聞くと、県外に行かれた方もいらっしゃるそうです。

    淋しいですね。
    これも時代の流れなんでしょうか。

    昭和時代から執務されていた方もいらっしゃいました。
    「この切図の向かいの分が欲しい。」
    なんて注文したこともしばしば。

    オンライン時代になり、職員さんとも話をする機会は減りましたが、旧き良きものまで去って行った淋しさは残りました。

    またどこかで会えますよね。


    本当の英雄(その2)
    南三陸町防災対策庁舎

    今朝の高知新聞の一面に衝撃的な写真が数点掲載されていました。
    おそらく全国地方紙でもそうだったと思うのですが、宮城県本吉郡南三陸町の防災対策庁舎が津波に飲み込まれるシーンがありました。

    想像を絶する光景です。
    屋上の非常階段の手すりに必死に捕まっている人たちの中に佐藤仁町長がいたのでしょう。
    助かったのが奇跡と思えるぐらいショッキングな写真でした。

    この防災対策庁舎の2階で最後まで防災無線のマイクを離さなかったのが先日お話した遠藤未希さんでした。
    「未希ちゃん、もういいよ。上がっておいで。」
    遠藤さんは同僚の声に耳を傾けませんでした。

    今は削除されていますが、南三陸町のホームページには地震対策のページがあり、詳細な記載がなされていました。
    遠藤さんは町の防潮堤の高さ、津波が町を襲うまでの時間、全て分かっていたと思います。
    「15メートルの波が…」
    と放送したとき、彼女は自分の運命に気付いていたのかもしれません。
    だったら一人でも多くの町民を助けよう…


    今年挙式予定だったのですね。
    何ということでしょう。

    ご主人さんはご自身のブログで、彼女に会えることを信じて日々自分に言い聞かせながら懸命に頑張っているようです。

    胸が痛みます。

    防災対策庁舎のすぐそばには多くの犠牲者を出した志津川病院も写っていました。
    ここにも残された患者さんと運命を共にした若い看護助手の方がいらっしゃいました。


    同じような場面に遭遇したとき、私は同じように献身的になれるでしょうか…

    ヘリコプター
    消火活動

    昨日午後、鏡川沿いを歩いていたら、けたたましい音とともに一機のヘリコプターが河川敷に着陸しました。

    何事?と思いながらもそれ以上の詮索をせず、ひたすら歩いていました。

    すると飛び立った後のヘリコプターがまたこちらにやってくるではありませんか。
    やがて、水面の上空に停まり、籠らしき物に水を汲んでいるように見えました。
    火事かな?でも火の気は見えないけどなぁ。

    しかし、こういったことが何度も続きました。
    多くの市民も立ち止まって眺めていました。

    不思議だなぁ、と思いつつ、今朝の新聞を見て納得。

    高知市円行寺の山中の大観音像付近から出火し、消火活動をしていたのですね。

    私は消火活動のヘリが水を汲みに来るシーンを何度か目撃したわけです。

    無事鎮火して良かったのですが、初めて見ました。

    ドジャース名投手列伝
    ドン・ニューカム~初代サイ・ヤング賞受賞

    この2月、デューク・スナイダーが亡くなり、1955年のワールドチャンピオンのメンバーがまた一人いなくなりました。
    今日紹介するのはその数少ない現存メンバーの一人です。

    1946年にドジャースと契約したものの、なかなかメジャーできないニューカム、1949年に大リーグデビューを果たすとその鬱憤を晴らすかのようにいきなり17勝を挙げ、新人王に輝きました。

    以降1951年まで順調に勝ち星を伸ばしたものの、兵役でしばらくお休み。

    1954年に復帰後は1955年に20勝、1956年に27勝とエンジンがかかりました。

    特に1956年の活躍は最多勝、MVPとこの年から採用されたサイ・ヤング賞を獲得。
    当時のサイ・ヤング賞は両リーグで1名のみという選考だったので、ニューカムの成績は両リーグトップという認識だったのです。

    しかし、ニューカムはなぜかワールド・シリーズに弱く、ボカスカ打たれたイメージしかありません。
    この1956年のシリーズも最終戦に登板しながら0-9で完敗する有様。
    シーズンオフに来日した時も日本の選手に打たれまくり、途中帰国。

    翌年以降は成績が急降下し、1960年限りで引退。通算149勝でした。
    アルコール依存症だったために選手生命が絶たれた、と批判されました。

    投手でありながらバッティングに長けていたことから昭和37年に中日ドラゴンズに外野手として入団、1年間だけプレーしました。

    その後は生活に困窮したこともありましたが、ウォルター・オマリー会長に諭され、1970年にドジャース職員となり、慈善事業に精魂を注ぎました。


    気がつけば
    5周年

    昨日は私が高知市石立町に現在の事務所を移転して満5年の記念日。

    日中はそんなこと、すっかり忘れていました。
    開業記念日の3月18日は毎年忘れずにいるのですが、移転記念日は忘れがちです。

    5年前はがらんどうだったこの一室もいつの間にか物で溢れかえり、書類の山。
    数年前から書類をスキャンして保存するようにしていますが、過去の分をスキャンする時間が取れなくて
    段ボールが何箱も残ったままです。
    棚に積み上げていますが、その重さに棚が変形しています。
    肉眼でもはっきり分かるんですよ。

    昔は税理士事務所だった私の事務所、おかげでリフォーム費用が0円ですみ、引越し費用が大きく抑えられたのはとてもありがたかったです。
    大家さんにもよくしてもらっていて、移転しないでね、なんて言われています。

    鏡川の南の事務所(高知市には約40名の司法書士がいますが、鏡川の南に事務所のある者は私を入れて5名です)、というスタイルは崩したくないので、当分ここにいます。
    駐車場代が格安、というのも大きいですからね。




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