~うりぼうの独り言~
HPなんて面倒くさい、ブログなんて誰も読まないから書かない、って言っていた私がとうとう始めちゃいました。


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    記録更新
    30回の新記録

    今日で8月も終わりですが、今月のブログ件数は30件となり、過去最高だった平成20年10月の28件を更新し、月間最多更新記録を樹立しました。

    振り返ってみると、更新をしなかったのが7日の土曜日のみ。
    この日は東京にいたのですが、ホテルに帰ってきてから書こうと思ったら書けるのにあえてしませんでした。
    今から思うと勿体無かったですね。

    今月更新が多かったのは、①飛行機に乗る回数が少なかった②飲み会の前に更新した日が何日かあった③仕事が通常ほど多くなく、更新する時間が取れた、というのが主な理由です。

    また、8日から続いていますが24日連続更新も新記録です。過去の記録は12日だったと思います。

    平成19年から始めて今日現在800回にもうすぐ届こうとしております。

    まぁ、いつまで続くか分かりませんが、順調に行けば来年1000回に到達しますので頑張っていきますね!
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    休み明け
    気がつきゃ5時

    今日からまた一週間がスタートしました。

    月末が近付いており、少し慌しい一日でした。

    午後からはあっという間に時間が過ぎていった感じです。

    でも、朝晩、本当にしのぎやすくなりましたね。
    冷房をかけなくても良い時間帯が増えました。

    私の嫌な季節が始まろうとしています。

    今日は何か疲れているので早めに帰ります。

    高知新聞の記事から
    異邦人たちのJUDO

    普段の私はあまり関心がないのに、五輪になると、目の色を変えてテレビに見入る競技。
    それが、柔道です。

    昨日の高知新聞には二人の柔道家の記事が掲載されていました。

    朝刊にはモハメド・ラシュワン選手の現況、夕刊にはアントン・ヘーシンク選手の逝去のニュース。

    ヘーシンクは東京五輪の無差別級金メダリストで、柔道お家芸の日本に強烈な印象を残したそうです。
    興奮したオランダ人が畳の上に上がりそうになるのを制止したエピソードは「礼に始まり礼に終わる柔道の精神を重んじている」と敗戦に沈む日本人からも絶賛されたそうです。

    日本人から大反対された青い柔道着の発案者。
    柔道の国際化に人一倍努力を惜しみませんでした。

    何度か五輪の審判員をしている姿を見て、お元気にされているな、と思ったのですが、残念なニュースです。

    一方、ラシュワンは当時中学生だった私にも強く印象に残った選手です。
    ロサンゼルス五輪で日本中が山下泰裕選手の金メダルを期待していました。
    しかし、決勝直前に右足を負傷するアクシデントに見舞われます。

    ラシュワンのコーチ、山本信明氏は暗に山下選手の右足を狙う指示を出しましたが。ラシュワンはこれに反発、結果、押さえ込みで一本負けとなりました。頭を抱える山本コーチとは対照的に、ラシュワンは清々しい気持ちでした。
    「神の道に背いてまで勝ちたくない。」
    この精神が1984年の国際フェアプレー大賞に輝きました。

    ラシュワンはその後の諸大会でも銀メダルに終わりましたが、スポーツマンシップは金メダル級の賛辞に値し、今なお私達の心に残っています。

    朝寝坊
    目覚ましかけない素敵な朝

    昨晩、散歩から帰って来て(いつもより少し多めに歩きました)風呂に入って、その後洗濯しているうちに睡魔に襲われ、途中で就寝。

    扇風機のタイマーが切れて若干寝苦しかったものの、8時過ぎまで寝ていました。

    目覚まし時計をかけずに就寝したのは本当に久し振りです(もっともお盆の時もそうでしたが…)。

    午前の人と会う約束も10時過ぎでしたのでゆっくり洗濯をする時間も取れました。

    仕事もせずに外出し、先ほど帰って来ました。
    ちょっとしたリフレッシュになりました。

    明日は午後から相談会なので今日も散歩の後はゆっくり休みます。

    散歩コース
    鏡川の光景

    今日の午後6時頃、車で新月橋を通過しているとき、ふと鏡川の堤防方面に目をやりました。

    すると、たくさんの年配の方々がウォーキングしているではありませんか。
    10人どころではありませんでしたね。

    いつも私は夜遅くに歩くので、人とすれ違うことがほとんどありません。
    夕方って、こんなに散歩している方がいらっしゃるのですね。

    確かに、太陽のあるうちに散歩した方が安全で(治安及び事故の危機)、景色を楽しめますからね。

    堤防はまだ照明がありますが、河川敷は月光が頼りになります。

    でも、月光の下、静かな河川敷を歩くというのもまた違った趣があります。
    35万都市も夜のしじまは落ち着きがあります。
    「夜の静寂の何と饒舌なことでしょうか(ジェットストりームより)。」
    というのがよく分かりますね。

    え?柄にもないって?

    まぁ、そう言いなさんな。


    雑学?
    元号の記憶

    最近、戸籍上生存していることになっている高齢者問題が続発しており、今日のニュースでは186歳の人物がいらっしゃるとか。
    文政7年(1824年)生まれだそうです。

    江戸時代の元号がたびたびニュースに出てくるようになりました。

    ここで、うりぼうの実用的でない特技に「元号と西暦の一致ができる」というのがあります。
    といっても、中学時代の特技がそのまま忘れずにいられるだけで、中学時代に覚えた時以来、記録は伸びておりません。
    私が一致させることの出来る元号は江戸時代の「宝暦」以降になります。
    1751年ですから260年分です。これ以前の元号はトライしましたがだめでした。
    以下、「明和」「安永」「天明」「寛政」「享和」「文化」「文政」…と続くのですが、未だよく覚えているな、と妙に感心します。

    でも、日本を探せば、初代「大化」から全て言える方いらっしゃるんでしょうね。

    思い出のオールディーズ
    GOOD TIMIN'(1960年)

    懐かしい歌声が聴こえる。
    夜更けのラジオから流れるあのメロディー。
    若い日の自分を思い出しながらふと、口ずさむ。

    皆さん、こんばんは。思い出のオールディーズ、パーソナリティの吉本修治です。

    今日紹介する曲は1960年の作品で、ジミー・ジョーンズの「グッド・タイミング」。

    同年6月に全米3位を記録したヒット曲です。
    我が国では坂本九ちゃんがカバーした曲として知られています。

    原曲の内容は「二人がめぐり合えたのも素敵なタイミング」みたいな感じですが、「ダビデとゴリアテの寓話」や「コロンブスとイザベラ女王のこぼれ話」が出てきて、ちょっとした教養にもなります。

    少年ダビデが石を投げて巨人ゴリアテを転倒させ、その隙に退治した話、イザベラ女王が自分の宝石を質に入れてコロンブスに航海資金援助した話、この歌で知ったんですね。

    私はこの歌は高校時代、CMソングで流れているのを聴いて初めて知りました。

    それではお聴き下さい。


    グッド・タイミング

    法廷事件簿
    遺産分割調停事件

    今朝は須崎簡易裁判所に出かけておりました。
    今日の法廷の殆ど全てが不当利得返還請求事件でした。
    私のほかに同業者2名に会いました。

    その後、高岡郡中土佐町役場で固定資産評価証明書を取得。
    先月遊びに行った町ですが、仕事で行くと楽しくないですね。

    長時間の片側交互通行に嵌って、何かイライラした午前でした。

    午後は高知簡易裁判所で遺産分割調停事件。
    私が不在者財産管理人に就任している案件があるのですが、申立の相手方となったので出廷しました。

    予想はしていましたが、午後がまるまるつぶれました。
    最初の遺産分割調停事件は複数の当事者から順番に意見を聞くのでどうしても長くなるのです。

    私も立場上、法定相続分は主張せねばならず、他の相続人から煙たがられます。
    終わった後はヘトヘトです。

    司法書士には家事代理権はありませんが、法定代理人としてこれまで何度も遺産分割調事件に出頭しております。その他簡裁民事調停もありますね。
    調停は申し立てる側も相手側もなかなかしんどいです。
    訴訟みたいに書面で淡々と行なうものではないのでかなりの時間が費やされます。

    次回も出頭します。


    ダイエットは大変
    シェイプアップ乱

    私が中学時代に週刊少年ジャンプで連載されていた徳弘正也氏(長岡郡大豊町出身)の名作。

    前置きは良いとして、ダイエット目的と医者からの進言もあって運動がてらに散歩をしております。

    毎日続けられればいいのですが、なかなかそうもいかず。
    でも、可能な限り、続けています。また、飽きが来ないように時々、ルートを変えています。

    コースとしては自宅~月ノ瀬橋~新月橋~紅葉橋~自宅の鏡川巡回ルートがメインです。
    たまに、柳原橋まで歩いたり、土佐道路まで出てきたりすることもあります。
    時間にして1時間弱、6千歩。消費カロリーは約240キロカロリーということで、1か月に1キロ痩せるペースです。

    今は暑いので、汗だくになっているのですが、カロリーって減らんのですね。
    運動音痴なので出来ることが限られております。
    塵も積もれば山となる、継続は力なり、の精神で頑張ります。

    今日も歩くで~

    うどんツアー
    もう満腹ぢゃ~

    昨日とうって変わって完全オフの今日は香川県へうどん屋めぐりをしておりました。

    午前7時に高知を出発し、午前9時前に最初の目的地「山内」に到着。
    既にたくさんの客が食事中でした。
    今日は回れるだけ回る、ということで普段注文している天ぷらを断念し、かけうどんのみ。
    最初は余裕でいざ2軒目へ。

    で、2軒目の店は隠れた穴場で、一見うどん屋とは分からない造り。
    ですが、味がいいのですよ。ビックリ。
    実は、私ここが一番気に入りました。
    でも、穴場なのでここでは店の名前は申し上げません。
    ごめんなさいね~

    3軒目は「香の香」で釜揚げうどんを。
    この辺りから少しずつお腹が張り始めました。
    この時まだ午前10時。

    この後、場所が遠くなって、「三島製麺所」。
    醤油で食べるのですが、美味いんだな、これが。

    5軒目に「池上製麺所」、6軒目に「うぶしな」。
    この辺は満腹との闘いでした、ハハハ。
    「池上製麺所」は長蛇の行列が出来る有名店。
    名物看板娘「るみばあちゃん」が笑顔でみんなを迎えていました。
    「うぶしな」は神社の中にあるという大変珍しい店。
    「おか泉」から歩いて行ける距離にあります。

    私自身、元々うどんは好きなのですが、通にはとてもかなわないですね。

    今日一日、私のお腹は大変なことになりました。

    ダイエットしなくちゃ。

    相談会
    生活保護相談会

    今日は高知県青年司法書士協議会主催の「生活保護110番」を開催しました。

    今年で3回目になりますが、いつのときも相談会は独特の緊張感に襲われます。

    10時のスタート同時に電話が鳴り、瞬く間に3回線全てが塞がりました。

    その間、私はマスコミの取材を受けており、その間も電話がつながっているという状態が続いていました。

    私が電話を取っている姿もばっちしテレビに放送されました。
    自分の映像を生中継で見るのは久し振りです。
    相談中はワンセグすら見る余裕がないことが多いものですから。

    ただ、昼間の数時間、小康状態が続き、相談件数は昨年ほどはなく、全部で22件。

    しかし、相談員は暇を持て余していたわけではなく、あっという間に時間が流れていった感じです。

    失業による無収入から生活保護申請をしたい、という方が多いという統計は昨年と同様でした。

    生活保護は行政の責務ですが、失業者への手当は事業主の責務。
    事情を詳しく聞いていくと、後者の責務が果たされていない案件が多いことを実感します。

    四国4県の中でもずば抜けて受給率の高い高知県ですが、行政ののみならず社会全体で支えていく必要がありそうです。

    コンサート
    暦では秋です

    今日はコントラバス教室の先生が出演するコンサートに行ってきました。

    クラシックに関してはあまり知識のない私は、最初の方の曲はタイトルが全然分からず、聞いたこともない曲ばかりでした。
    コントラバスのみの曲もあり、先生が大変そうに演奏されていました。
    あの奏法、私には無理(汗)。

    ですが、ラスト2曲とアンコール曲はおなじみの曲。
    「瞑想曲(タイス)」「秋(ヴィヴァルディ)」「オン・ブラ・マイ・フ」。

    知ってる曲だと安心して聴けますね。

    前にも言いましたが、アントニオ・ヴィヴァルディのファンの私は「秋」が一番良かったです。

    暦では秋なのでこの曲なんでしょうが、猛暑は衰えを知らないですね。

    緊張と不安
    本番1時間半前

    今日午後6時半から高知県司法書士会館で任意研修会があり、私が講義することになっています。

    昨日も予習をしましたが、知識も決して十分ではないので緊張も不安も抱いています。

    早めに行って予習をしようとおもいますが、はかどらないだろうなぁ。

    はぁ、何とか頑張りますね。

    行ってきます。

    カンカンデー
    多くは書けませんが

    どんな仕事もそうですが、いろんなタイプの人に会うと、いろんな性格の人がいます。
    十人十色ですが、もちろん私の苦手なタイプもたくさんあります。

    苦手ならまだしも、感情を逆撫でする台詞を吐かれるケースもしばしば。
    そんな時は必死で怒りをこらえていますね。
    顔には出ますが、その人の前では言いません。

    思い出しても腹立つケースばかり。

    こういう時は何をやっても気分が乗りません。

    今から帰ります。

    ドジャース名選手列伝
    スティーブ・ガービー~Mr.ドジャース

    私のHPで相互リンクさせてもらっている静岡県の芝知美さんが先日、ロサンゼルスに行って、ドジャースタジアムでMLBを観戦してきたそうです。めっちゃうらやまし~

    てなわけで今日はドジャースネタを。

    1970年代から80年代にかけてドジャース不動の一塁手だったのが、スティーブ・ガービー。
    右打者でありながら年間200安打を6度も記録した好打者。
    その一方でその日の天候により複数のミットを使い分けた守備の達人。

    1974年にはオールスターとナ・リーグMVPに輝きました。
    1978年のオールスターでもMVPに。

    プレーもさることながら、人間的にも尊敬される人柄で、いつしか「ミスター・ドジャース」と呼ばれるようになりました。

    1981年にワールドチャンピオンに輝いた後は、1983年からサンディエゴ・パドレスに移籍。
    1987年限りで引退しました。
    通算2599安打、打率.294の成績を残しています。

    背番号6はパドレスの永久欠番となりました。
    ドジャースで永久欠番になっていないのは、殿堂入りしていないからだと思います。
    ちょっと残念ですね。

    二枚目の紳士は、今は実業家としてご活躍されているそうです。

    少年時代
    夏が過ぎ 風あざみ

    ♪誰のあこがれに さまよう
     青空に残された 私の心は夏模様

    昨日、祖母宅へ訪ねた時です。
    しばしの談笑の後、祖母がアルバムを持ち出してきました。

    昭和45年頃から平成5年頃までの祖母の様々なスナップ写真です。
    祖母の、と言っても集合写真等が多く、祖母が単独で写っているものは
    ほとんどありませんでした。

    旧くは私の母の嫁入り光景や最近は従姉の結婚式の様子までバラエティーに富むアルバムでした。
    幼い時の私の写真もありますよ。
    今じゃ信じてもらえないでしょうけど、赤ん坊のとき、よく女の子に間違われたんですよ~。
    そのほか、七五三の時の紋付袴スタイル(千歳飴がデカイ!)や弟を懸命に抱っこしている写真もありました。

    私自身、そういった写真を長いこと見ていなかったので、かえって新鮮でした。

    私が生まれた昭和46年は土佐道路はなく(当時は県道朝倉梅ノ辻線)、すれ違いも大変な狭さでした。
    神田川も堤防がなく(だから私は溺れた)、街灯は裸電球でした。電柱も木製でしたね。
    遊び場は目の前の製材所(現杉の子第二幼稚園駐車場)。
    山と積まれた丸太の上に乗って遊んでいたのですが、今だったら大変ですね。

    あれから三十余年、いつのまにか私も歳をとりましたな。

    終戦記念日
    戦後65年

    今日は終戦記念日。
    もう65年経つのですね。
    しかし、私が戦後26年目に生まれたことを考えると、昭和20年ってそんなに昔のことではない、という印象を受けます。

    幼い頃祖父から戦争の話を聞かされた方は多いと思います。
    私の母方の祖父も東南アジア(確かフィリピンやベトナム)に出征しました。
    昭和11年に最初の召集がかかったんですが、一旦帰国し、再度の召集で再び戦地へ。
    「よく無事で帰ってきたね。」と私が訊ねると、祖母は「祖父は真面目な勤務態度が上官に気に入られて、危険な任務を与えられなかったからだよ(実際はコテコテの土佐弁ですが)。」と懐かしそうに話しました。
    無事に帰国した祖父も、癌で私の生まれる前に亡くなっており、祖父から直接その話を聞く事はできませんでした。

    一方、父方の祖父は、体力は町内でもトップクラスの優良体でしたが、身長が低すぎるということで徴兵検査に不合格。吉本家の長男でもあったので、それも不合格の一因だったかもしれません。
    吉本家の墓地の近くに防空壕跡があります。竹薮に隠れ、今は外から見てもなかなか分かりません。
    当時は田畑しかなかった城山町では、その小山にしか避難場所がなかったんですよね。

    昭和20年7月4日の高知市大空襲も、鏡川の南の城山町は被害がなかったようです。
    400名の方が亡くなられましたが、遺体安置場が大原町の空き地だったそうです。
    その空き地が今の競輪場です。
    今日初めて知りました。

    あと40分で正午を迎えます。

    平和を祈念して。

    ルパン三世傑作選
    先手必勝コンピューター作戦!(旧22話)

    お盆に入って、久し振りのルパンネタです。

    今回のお話は、昭和47年当時、まだ庶民にはなじみがなく、未知の可能性を秘めた機械としてコンピューターが描かれています。

    コンピューター技師ゴードンが、ルパンの行動パターンを分析し、これに基づきルパンを逮捕できると豪語。
    もちろん、昭和気質の銭形警部はそんなもの信じようとせず、刑事独自の勘でルパンを逮捕しようとします。

    しかし、ゴードンを無視した行動が、逮捕失敗を招き、銭形警部はゴードンに逆らえなくなりました。

    コンピューターの分析ではルパンはゴードンに変装してコンピューター室にやって来ると出ました。

    そのコンピューターの予想は的中、しかし、ゴードンに逆らえない銭形警部は目の前の変装したルパンに指一本触れることが出来ず、地団太を踏むばかり。

    ルパンは偽の分析結果を銭形警部に話し、本当の現金輸送車収奪計画に取り掛かります。
    しかし、ここでルパンが「あまりにも上手く計画が進みすぎている」と感じ、自分の本当の計画すらコンピューターに読まれていると察知しました。

    かくして、コンピューターの裏をかいて気まぐれ行動をとり始めたルパンにゴードンはなす術がなく、いつしか現金は強奪されてしまいました。

    コンピューターは万能ではない、今の私たちは十分理解できますが、当時はそうではなかったかもしれません。
    その意味においてこの作品はコンピューターに翻弄される人間の愚かしさを描きたかったのでしょうね。

    夏の日の思い出
    信号待ちのひととき

    本当は今日は盆休みにしたかったのですが、朝から高岡郡日高村に出かけたり、午後は高知市仁井田に出かけたり、と事務所にほとんどいなくて、当初考えていたほどデスクワークがはかどりませんでした。
    電話はほとんどなかったのですがね。

    午後、高知市内を運転していて、今日何度目かの信号待ちに遭遇しました。

    ふと眺めると、幼き姉弟が街路樹の下にしゃがみこんで何やらしています。
    何か昆虫がいたのかな?

    しばらくすると二人は立ち上がり、横断歩道の前に来ました。
    姉が5歳、弟が3歳ぐらいでしょうかね。
    笑顔で何やら話していました。
    車内で音楽を聴いている私には何も聞こえません。

    弟の首からぶら下げた水筒がとても愛らしくて思わず見とれてました。
    やがて青信号となり、二人は手を繋いで横断歩道の向こうへ去っていきました。

    時間にして1分ぐらいの出来事。
    二人には何気ない夏の日の思い出でしょうけど、私はこの光景にとっても癒されたんですね。

    どこのお子さんかも分からないのに。
    他人の子供ですらこんなに可愛く思えるんだったら、自分に子供が出来たらどんなに可愛いんだろう、なんてこと考えてました。
    私ぐらいの年齢の方のブログを読むと、自分のお子さんのネタが結構あって、羨ましいな、なんて思いながら読んでいます。

    いつか僕だって、きっと(照)。





    25年前の夏
    中埜肇~愛された社長

    昭和60年8月11日の福岡・平和台球場。
    阪神タイガースと中日ドラゴンズのナイターが行なわれました。
    試合後の阪神のロッカールームで選手一人ひとりに「ご苦労さん。」と握手を求める一人の老紳士がいました。

    彼の名は中埜肇、阪神タイガース球団社長です。

    中埜氏は阪神電鉄の専務取締役でしたが、前年に球団社長も仰せつかるようになりました。
    しかし、野球に関してはズブの素人。
    熱心なクリスチャンでもあった彼は以後、プロ野球ニュースとスポーツ紙にかじりつくようになりました。

    時間があれば各地の球場に足を運び、観戦記をつけていました。
    そんなひたむきな姿勢にタイガースのメンバーも感激し、阪神の快進撃の一助を担ったといえるでしょう。

    翌12日、中埜氏は東京の会議に出かけ、その後、神戸の自宅に戻るためにJAL123便に乗りました。
    「6時のJALで帰るから夕食を用意しておいてくれ。」
    羽田空港からの最後の言葉でした。

    実は墜落した日航機の直前のフライトは福岡東京便で、なんとこれに阪神の選手たちが乗っていたのです。

    昨夜笑顔で握手してくれた社長が事故に巻き込まれたなんて…。
    (なお、木戸克彦捕手のご夫人はこの便に搭乗予定だったものの直前にキャンセルをして事故を免れたそうです。)
    ショックから抜け出せない阪神は直後の巨人戦から6連敗。とうとう首位の座から陥落しました。

    しかし、吉田義男監督が「俺たちは何をやってるんや。社長のために自分達の野球をやろう。」と発破をかけ、これでチームがまとまり、再び快進撃。阪神は21年ぶりの優勝を果たしました。
    そして、そのウィニングボールは中埜氏の霊前に掲げられました。

    25年目の夏。今日も慰霊祭が行なわれています。

    合掌。


    変わる天気と大渋滞
    まるで熱帯?

    今日もよさこい踊りの熱気がたぎっていましたが、今日一日は変な天気でしたね。

    快晴かと思いきゃ土砂降りで。
    それの繰り返し。踊り子さんたちさぞ大変だったでしょう。

    今日は車でいろいりお出かける用事がありましたが、市内は大渋滞。
    地方車や踊り子を乗せたバスが路線を塞いでいるので仕方ないですね。

    思いのほか時間がかかりましたが、その渋滞の合間にいろんなチームの踊りを見ていました。

    盆で県外からの帰省者、観光客で今高知は賑わっています。
    ホテルも宿泊できないそうですって。

    これで高知の経済潤ってくれないかな。


    夏本番
    よさこい祭り

    今日から始まったよさこい祭り。
    今も市内のあちこちで熱い踊りが繰り広げられていますね。

    でも、私は今日も仕事。自転車でちらっと眺める程度でした。
    うちの事務所からは上町演舞場が近いのですが、ちょうど「十人十彩」が踊っている最中でした。
    しばし見とれていました。

    私が大好きな「京町・新京橋ゑびすしばてん連」が待機していましたが、まだまだ先みたいでしたので泣く泣く断念。
    でも、ちょうど今夜テレビをつけた瞬間に流れていたので満足~。

    高知市民でありながら、私未だかつて踊ったことがないのですよ。
    タイミングがなかった(というか作らなかったかな)からですが、一度は踊ってみたいな、とは思っています。
    でも、今さら誘ってくれる方なんていないしねぇ、てな感じでダラダラと今年まで。

    体力のあるうちに、ですかねぇ。
    運動神経のないうりぼうでした

    悲劇の冷蔵庫
    昼間から凹む

    昨晩は妙に眠くて、朝も眠気眼のまま。

    昼食(回鍋肉)の準備をして、傷まないように冷蔵庫に入れて出勤しました。

    そして、昼食時に家へ戻ってさぁ、レンジでチンしてと思って冷蔵庫を開けたら…

    皿がかやっちゅう(土佐弁で「ひっくり返る」の意)
    安定感の悪いところへ置いちょったみたいで、いつの間にか…。

    昼食前に冷蔵庫の掃除からですよ。

    もう、泣きそう

    何とか気を取り直して昼食。

    こういうときの昼休みってあっという間に終わるのね~、トホホ。

    東京帰り
    早朝の中央線

    昨日は四谷で中央研修で成年後見の研修で終日スタッフとして関与しておりました。
    全部で100名ほどの受講で全体の8割が東京の司法書士でしたが、高知県からも3名の参加があり、皆熱心に聴いておられました。

    運営スタッフになると、教室に出たり入ったりすることも多く、終始講義に聞き入るということは、なかなかできません。おまけに研修の履修単位ももらえず、どちらかというと大変な役割です。

    研修終了後は懇親会。お酒を飲みすぎた~と思ったので酔い覚ましにコンビニで水を買いました。
    酔っ払っていたので冷静な判断能力が失われ、値段を考慮して2リットルのペットボトルを。

    げぇげぇ言いながら飲み干しました。

    おかげで今日は二日酔いではありません。
    全くと言ってよいぐらいお酒が残っていませんでした。

    ですから今朝は午前5時50分起床でしたが、心地よく目覚めました。

    日曜朝の中央線はダイヤが少なく、未だかつて四谷駅でここまで電車を待ったことはありません。
    ようやく到着した電車には日曜早朝とは思えないぐらいの混雑振りでした。

    朝一の飛行機で高知へ戻り、高知県司法書士会館へ。
    昨日から行なわれていた悪質商法の勉強会です。

    静岡県からお越しいただいている知り合いの方なので顔を見せなくては、とラスト1時間半だけ受講しました。

    その後皆で昼食。

    勉強家なのに勉強・仕事以外のネタも豊富で面白い方なんですよ~。

    今夜はゆっくり休んで明日からに備えましょう。

    曜日感覚
    金曜日=不在の日?

    こんばんは、東京・四谷のホテルからうりぼうです。

    本当にいろんな会があって平日に高知を留守にする日が本当に増えました。

    こういうとき、嫌な顔一つせず、事務所の留守番をしてくれる我が事務員には本当に感謝しています。

    本来ならば停滞しているのに、高知へ帰ってくると、机の上に書類が置かれています。
    自分だと腰が重い書類も、いつのまにか処理されて机の上にある。
    当たり前ではありますが、やはり気持ちがずいぶん違います。

    明日も四谷です。

    少し酔っているので今日は早めに寝ます。

    3分クッキング
    見た目も大事なのに…

    事務所と住まいが目と鼻の先なので、時々昼食を食べに帰ったりしています。

    ゆっくり休憩するために朝のうちに下ごしらえすることもよくあります。

    今朝は、冷凍コロッケを油で揚げておりました。
    ところが…

    どうしたことか、衣をひっくり返すたびにボロボロ取れていくんです。
    中身が飛び出るじゃないですか、こりゃいかん。

    取れた衣がたちまち真っ黒に。
    揚がったコロッケはそれは見るも無残。
    何じゃこりゃ~!!

    こりゃとても食べる気になれないものでした。
    とはいえ、背に腹はかえられぬ、食べました。
    味は大丈夫でしたね。

    しかし、食べ物とは見た目も大事なのです。

    朝からとんだハプニングでした。



    チャップリン映画紹介(最終回)
    賛否両論ですが

    風邪の具合が少しはよくなったのでネタを。

    前回終了する予定でしたが、数えてみると19回だったので、きりの良い20回にしようと、今回特別に設けました。
    ファースト・ナショナル社以降の作品で紹介していなかったものを紹介します。

    「サニー・サイド」1919年
    チャーリーがうたた寝した夢の中の出来事をえがいたもの。私はBGMが好きです。

    「一日の行楽」1921年
    平凡な作品ですが、好きな人は好きかも。

    「ゴルフ狂時代」1921年
    原題「有閑階級」。だからゴルフシーンが出てくるんですね。当時はゴルフは本当に一部の者だけの娯楽だったようです。

    「巴里の女性」1923年
    チャップリンが監督に徹した悲劇。興行的に失敗に終わったので喜劇に戻らざるを得なくなったのですが、列車の到着を人物に当たる光と影だけで表現した演出は絶賛されています。

    「伯爵夫人」1967年
    一度テレビで見ましたが、う~ん、時代錯誤かな。喜劇と言えば喜劇ですが…

    「喜劇の王様」と呼ばれたチャップリンも、その作品を見てみるとペーソスに満ちたものに多いことに気づかされます。
    世界三大喜劇王バスター・キートン、ハロルド・ロイドとはまた違った良さがあり、日本人にはこの悲哀が良かったようです。


    これにてチャップリン映画紹介はおしまい。またいつかお会いしましょう。。

    ではみなさん、サイナラ、サイナラ、サイナラ(by淀川長治風に)


    だるいのぉ
    痛みとだるさ

    昨晩は咳のせいでよく眠れなかったし、今日は電話でも皆さんを心配させたし、健康にこしたことはないですね。

    早く平穏な体に戻って欲しいものです。

    てなわけで今日はこれでおしまい。

    夏風邪
    クーラーにやられた?

    暑い日が続いていますが、こともあろうに夏風邪にやられたようです。
    一昨日クーラーかけて寝たのが悪かったようです。
    設定温度27度で2時間後に切れるようにしていたのに。
    (私は25度になるとかなりの確率で風邪をひくので就寝時は26度より下げない)

    昨日から喉が痛くて痛くて。
    ちょっと咳も出てるし、薬も飲んで。

    また、吉本風邪かや、そう思われているんでしょうね。

    どうも私の体って、私が思うほどタフじゃないようです。

    人間ドックしたら異常個所が多く、いつ血が止まってもおかしくないぐらい(それは確かに言いすぎですが)。

    風邪は万病の元、なんて言いますが、あまりそんなこと考えていないんですよね。

    今日は月曜ですけど、無理をしないよう残業せずに帰ります。

    とんだ一週間のスタートです。

    講義&勉強会
    教えられたり教えたり

    上記の言葉はスーパー「サンプラザ」でよく流れる歌の一説です。

    さてさて、昨日は午前9時から高知市のふくし交流プラザで3時間の講義を行なってきました。

    今まで別の司法書士の方が担当されていたのですが、今ラオスに行っているらしいので、私に白羽の矢が立ち、行ってきたものです。
    NPO法人の法務についての研修でした。最初は理論から入り、後半で実務的な講義をしました。
    事前演習では時間が大幅に余りそうだ、と心配していたのですが、質問が活発に出てきたので終了時刻がオーバーしました。

    それが終わって午後1時から高知県司法書士会館で改正貸金業法の研修会。
    講師は愛媛県司法書士会の方2名でした。
    その後FPによる給与所得者の生活設計の講義。
    これが意外と面白く、他の受講生も大きな興味を持って聞いていました。

    その後は懇親会で午前様。

    高知県会の任意研修でしたが、愛媛県から講師を含め4名の方が来られ、親交を深めました。
    とっても良かったです。

    ほろ酔い気分で帯屋町を流していたら、普段よくお世話になっている方にバッタリ出会いました。

    いやぁ、高知って狭いですね~




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