~うりぼうの独り言~
HPなんて面倒くさい、ブログなんて誰も読まないから書かない、って言っていた私がとうとう始めちゃいました。


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    今日でお別れ
    東京厚生年金会館

    今日は3月31日、いわゆる年度末の時期で人事異動による別れもこの時期にはよくあります。

    また、今日で終わりを告げるものもあります。

    今日の日経新聞で歴史に幕を閉じたものがあることを知りました。

    東京厚生年金会館。

    私は一度も行ったことはないのですが、1万回を超えるコンサートが開催された、由緒正しき場所。
    昭和36年の開館以来、ルイ・アームストロング、ナット・キング・コール、レイ・チャールズら多くの巨匠が立った「ポピュラーの殿堂」。

    今日で49年の歴史に幕を閉じました。
    あと1年で50年の節目だったのですが、採算性には勝てず、終幕。
    29日に最後のコンサートが開かれました。
    松山千春「大空と大地の中で」が最後の曲でした。

    個人的に終わりを告げたものがANAのブロンズメンバーステイタス。
    明日からは一般会員に逆戻りです。
    マイルがたまらなくなりますなぁ~


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    越南に消えた英雄
    嶋清一~高校野球史上最大の投手

    巷では選抜甲子園大会が開催されていますが、21世紀枠で出場した和歌山県の進学校、向陽高校が甲子園を去りました。

    その向陽高校がかつて海草中学と呼ばれていた頃、甲子園で一人の投手が伝説を作りました。

    嶋清一、昭和14年の夏の大会で5試合全部に完封勝利で同校を優勝に導きました。
    しかも準決勝島田商業戦で奪三振17で無安打無得点試合、決勝下関商業戦でも無安打無得点をマーク、史上唯一の2試合連続ノーヒット・ノーランを達成しています。この下関商業戦は四球で許した走者をいずれも牽制で刺し、27人で完投しています。チームメイトは「バックで守ってて、打たれる気がしなかった。」と語っています。
    4番打者でもある嶋投手は打っても5試合で20打数11安打。
    もう、恐るべき、といか言いようがありません。

    そんな嶋投手ですが、人物像を見ると意外な印象を受けます。

    黒縁ロイド眼鏡がトレードマークの小柄な少年。
    妹思いの心優しいお兄さん。
    かつてはピンチに弱く、自滅した試合も少なくありませんでした。

    史上最高といわれる嶋投手は、実はどこにでもいるような朴訥な青年でした。

    そんな嶋投手でしたが、太平洋戦争の愚かしさを訴えつつ、学徒出陣で昭和20年3月29日、ベトナム沖で24歳の短い生涯を終えました。

    私も嶋投手のことはよく知りませんが、機会があれば書物を読んでみようと思います。

    ちなみに、「巨人の星」の星飛雄馬は嶋投手がモデルといわれています。

    本人確認
    往復100キロ

    日曜だというのに今朝は8時半には家を出ました。

    登記のお客さんの判をもらいに行くためです。
    行き先は安芸郡田野町。

    高知市から片道50キロを超えるところです。

    安芸市以東は久し振りですね。

    道路がすいていることもあって片道90分で到着しました。
    ハンコをもらって再び高知市へ…。

    午前中はこれでつぶれました。

    なかなか、ハードでしたね。
    でも、行きがけ、香南市夜須町手結の「澤餅茶屋」というところで買物をして気分転換です。

    朝からたくさんのお客さんが来られていました。
    名店ですね~。


    名字に関するおはなし
    吉本姓のルーツ?

    昨日は名前ネタだったので今日は名字ネタを。

    吉本姓は修治よりはありふれているとは思うのですが、全国に約5万人いるそうです。
    ランキングでは約350位、西日本に多く、東北では珍しい名字になるみたいです。

    人口別では大阪府や兵庫県に多いんですが、割合で言うと広島県や熊本県でもちょくちょく見かけるようです。
    高知県では旧香北町・旧大方町・室戸市に比較的多いみたいですが、真っ先に思い浮かぶのが春野町芳原地区。

    私が知る限り、高知県で最も吉本姓の割合が高いところです。
    何でも江戸時代、吉本虫夫という庄屋さんがこの地区の発展に尽力し、農民たちにも学問を広めたそうで、明治時代になって、彼にあやかって吉本姓を皆が名乗ったのだと思われます。

    戸籍を見てみると、私の先祖は幕末には既に高知市にいたみたいで、芳原出身かどうかはわかりません。ただ、高知市城山町・石立町の吉本姓は皆同じ一族のようで、芳原からやってきたという説もあります。
    山を越えて石立村にやってきたけど、芳原の昔の仲間が皆吉本姓を名乗ったから自分たちも吉本姓を名乗ろうということになったのかな?

    いやぁ、わからんですねぇ。

    武士ではないから家系図もないので、私もこれ以上調べられません。


    名前にまつわるおはなし
    修治という名前

    私の名前である「修治」。
    固有名詞だけかと思っていたら、医学用語にある言葉で「動植物や鉱物の天然薬材料に対し、医薬品としての価値を高め、臨床応用に合致するよう行なう加工操作のこと」を指す意味もあるそうです。
    何やらようわからんですけど、学術用語にあるんですねぇ。

    今まで38年の人生でこの「修治」という方にはほとんど出会っていません。
    南国市の某郵便局と高知市の某銀行に修治さんがいます。

    ちょっと全国の修治さんを検索してみました。

    田澤修治氏(アテネ五輪射撃代表)
    内川修治氏(佐賀県議会議員)
    大島修治氏(会社経営者)
    田中修治氏(会社経営者)
    南修治氏(シンガーソングライター)
    などなど。

    探すと意外といるんですね。

    でも、古今東西最も有名な修治さんといえば、
    津島修治さんかな。


    勘の鋭い方は気付きましたよね。
    そうです、小説家太宰治です。

    19歳の頃は本名をもじった辻島衆二というペンネームでしたが、24歳の時に太宰治に改名。
    理由は「ズーズー弁でも聞き取ってもらえる」からだとか(彼は今の青森県五所川原市出身です)。

    今の私は太宰が玉川上水に消えた時と同じ38歳。
    凄く変な気分です。

    あ、夜も更けました。余計なことは考えずに、おやすみなさい。

    チャップリン映画紹介
    給料日(1922年)

    わずか20分程度の短い映画ですが、私の中ではかなり評価の高い作品です。

    主人公チャーリーがダメ男ぶりを遺憾なく発揮、サラリーマンの哀愁が実に上手く表現されています。

    作業現場に堂々と遅れてくるシーン、監督の令嬢に見とれるシーン、エレベーターを使ったコント、煉瓦投げのメイシーン(ドリフ大爆笑でびっくりしたコントはチャップリンが発案者だったんですね!)、給料日に職場にやってくるチャーリーの鬼嫁、酒場での「酔うたんぼ」ぶり、終電のシーン、午前様の後の自宅でのシーン…。
    印象に残っているシーンがソラですらすら出てきます。

    制作から90年近くたっていますが、今見ても全然色あせていません。
    サラリーマンの哀愁は100年前も100年後も全く変わらないんでしょうね。

    ちなみにこの時のチャップリンの実年齢は32歳ですが、共演俳優のせいもあって40歳ぐらいのオジサンに見えちゃうんですよね。
    あ、オジサンって書いた。
    アラフォーのうりぼうはオジサンか…。

    知名度は決して高くないけど、間違いなく傑作、それがこの「給料日」です。
    皆さんも是非一度ご覧になってください。

    高校訪問
    黒板・机・椅子・廊下…

    夕方、高校の同級生が教師をしている高校を訪ねました。

    私が所属している法教育委員会での活動の実態を知ってもらうために、まずは同級生に話を聞いてもらおうと思い、彼の元を訪ねました。

    その校舎に入るのは勿論初めてですが、自習用教室に案内されました。

    目の前に広がる黒板、木製の机に椅子、板張りの床、長く続く廊下。

    なんか、高校時代に戻った気分になりました。

    打ち合わせの途中、彼が席を立った時にふと自分が座っている机を眺めて見ました。

    ありましたよ、鉛筆やカッターで刻まれた落書き。
    どれもとりとめのない言葉でしたが、いかにも高校生らしい落書きでした。

    高校時代は見慣れてた落書きも今じゃ、机に落書きしようという発想がないため、とても新鮮に映ったんですね。

    「変な落書き見られて恥ずかしいわぁ。」
    友人は言いましたが、私はこの落書きのおかげで高校時代にタイムスリップした気分になり、ちょっぴり楽しかったです。

    今度は学ラン着ていこうかなぁ(笑)

    思い出のオールディーズ
    JOHNNY ANGEL(1962年)

    懐かしい歌声が聴こえる。
    夜更けのラジオから流れるあのメロディー。
    若い日の自分を思い出しながらふと、口ずさむ。

    皆さん、こんばんは。思い出のオールディーズ、パーソナリティの吉本修治です。

    今日紹介する曲は1962年の作品で、シェリー・フェブレーの「ジョニー・エンジェル」。

    子供時代から女優として活躍していた彼女の18歳の時の作品です。

    もともと自信がないということで歌を歌うことを嫌っていたフェブレーが、そのドラマのプロデューサーに無理矢理歌わされたのがこの曲でした。
    しかし、世の中分からないものです。

    これが大ヒットとなり、全米1位を獲得するのですから。

    私も大学時代、TVCMで初めて聞いてとても気に入りました。

    日本でも多くの歌手にカバーされている名曲です。

    それではお聴き下さい。

    ジョニー・エンジェル

    高速バス
    往復ともに

    昨日は全国青年司法書士協議会の役員会が神戸市で開催されました。

    常任幹事を抜けたこともあって極力軽装を心がけ、ノートパソコンは持たずに、資料は全部印刷、しかも1枚に9ページ分を印刷するエコ(やりすぎや)。
    また、交通手段で利用したのが高速バス
    帰りもバスでしたが、私が往復ともに高速バスを利用することは最近めっきり減りました。
    何年ぶりかなぁ。

    受験時代は毎週のようにバスに乗って岡山へ行ってたことを思い出しました。

    常任でない立場で出席した私はよほど顔色がよかったらしく、みんなに
    「今日はすごい笑顔だね。1月前とぜんぜん違う。」
    と言われました。

    確かに終始リラックスしていました。

    懇親会も楽しみましたが、最終夜行バスの時間が近付き、中座。
    3連休だったんでホテルが取れなかったんです。

    23時44分三宮発須崎駅行き。満席でした
    今朝6時に到着しました。

    今回はバスで眠れず、昼寝をせざるをえませんでした

    今日はのんびりと過ごした一日でした。

    1日遅れですが
    声優陣紹介

    昨日3月19日は、ルパン三世の声優として知られる山田康雄氏の命日でした。

    ファンだったのにすっかり忘れておりました。

    今回はルパン三世傑作選の番外編として声優エピソードを語ることにしましょう。

    山田氏は最初から声優の打診があったわけではありません。

    漫画アクションに連載されていたルパン三世のアニメ化の話が初めて出たのが昭和43年。
    翌年、映画企画用にパイロットフィルムが作成され、ルパン役は野沢那智氏が務めました。
    ちょっと意外でしょ?

    その後、映画ではなくTVアニメ化の話が進み、昭和46年に再度パイロットフィルムを作成。
    この時のルパン役は広川太一郎氏でした。
    しかし、広川氏は日程調整がつかず、TVでの声優を探す必要が出ました。

    大隈正秋監督が山田氏の舞台を見物していました。
    ルパン三世のファンである山田氏は自分の演技にルパンのエッセンスを取り入れていたため、大隅監督はすかさず、山田氏に打診。山田氏も当然快諾。

    こうして、山田ルパンが誕生したわけです。

    原作にはない「ふ~じこちゃ~ん」「ルパ~ンさ~んせ~」の台詞は茶の間に大うけ。

    以後、平成6年のTVスペシャルまでルパンを演じ続けてきました。
    もっとも、ビデオ「風魔一族の陰謀」では声優が自分でなかったことから激怒し、これがきっかけでモンキー・パンチ氏との間に溝が出来てしまいました。

    栗田貫一氏に引継がれて15年。
    ルパン三世役以外の声優たちはかなりの高齢になってしまいました。

    その方たちについてはまた機会があればご紹介しましょう。

    民法第772条
    300日問題

    離婚した某お笑いタレントの元妻が妊娠、出産間近というニュースがありました。お腹の中の子の父親は彼ではないと元妻は話していますが、我が国の法律では彼が父親とされます。

    そのことを規定しているのが民法第772条の嫡出推定条文。

    第1項 妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。
    第2項 婚姻成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

    つまり、離婚後300日経っていないで出産した場合、婚姻中に妊娠したとの推定が第2項で働き、それは夫の子であるとの推定が第1項で働くという、いわば「二段の推定」が働き、彼は父親とされるのです。
    彼がこれを否定するには嫡出否認の訴えを起こさなくてはならず(同775条)、出生後「自分の子だ」と言ったり、出生後1年間訴えをしないままでいると、その訴えをおこすことができなくなります(同776、777条)。

    もともと772条は、非嫡出子として子供が悲しい思いをしなくてすむように、子供を守るために作られた条文でした。

    DNA鑑定が発達した今、この772条の問題点が浮上し、条文を批判するケースが増えました。

    戸籍先例でいくぶん柔軟な対応が図られていますが、民法を変えるというのはなかなか大変なようです。


    妻子もいない私がこんなテーマを挙げましたが、書いててなんか淋しくなっちゃいました(-_-;)

    なじみの娘
    いい日旅立ち

    昨夜、私はとある店に立ち寄りました。

    なじみの娘のメールに誘われて足を運びました。

    「吉本さん、今日のニュースに長い時間映ってましたね。」

    昨日ハローワークでの相談会に参加していて、マスコミの取材を受け、私がTVに映し出されたのですが、偶然、彼女が番組を見ていてメールをくれたのです。
    しかも、その日は彼女の最後の出勤日でした。

    急遽予定を変更してお店に直行。

    私がその店に初めて足を運んだのが7年前。
    彼女はまだ大学生でした。

    そこからの縁で今まで付き合ってきました。

    その間、私の他愛もない話に付き合ってくれて、店外デート(?)にも嫌な顔せず付き合ってくれました。
    そんなひと時も昨日で最後。

    「私のお客さんの中では吉本さんが一番長い付き合いでしたよ。」
    その言葉にジーンときましたね。

    そして閉店まで付き合い、最後の別れ。

    ほろ酔いでしたが、ありったけの言葉で彼女に感謝の気持ちを述べました。

    彼女は今日から新たな人生を歩き始めました。

    3月18日、
    奇しくもそれは私の開業記念日でありました。

    私が開業した7年後の同じ日にスタートした彼女の新しい素敵な人生。

    陰ながら応援していきます。

    いい娘だったなぁ。
    あの笑顔、忘れないよ。



    JGC入会
    JALサファイアカード

    今日、JALサファイアカードが届きました。

    昨年のJAL利用実績が53回搭乗、31600FLY ON ポイントだったので基準を満たし、手に入れたわけです。

    サファイアステイタスを獲得するとJGC(JALグローバルクラブ)への入会資格が得られるので、年明け早々入会しておりました。

    現在、私が享受できる特典は

    ①便によっては最前列の座席が予約できる
    ②空席待ちが優先される
    ③JALラウンジが利用できる
    ④専用のチェックインカウンターがある
    ⑤預けた手荷物が優先して渡される
    ⑥マイルにボーナスがつく
    ⑦国際線では優先搭乗ができる

    といったところですかね。
    ③⑤のメリットが大きいかな。

    今年は昨年ほどはJAL便には乗らないのでサファイアステータスは今年限り。
    いろいろと満喫しようと思っています。



    名古屋観光
    名古屋城巡り

    今日は高知らしい雨模様ですが、昨日の名古屋は見事な晴天で暖かい一日でした。

    これまで私は幾度となく名古屋を訪れていますが、一度も観光名所といわれるところに行ったことがなかったんですね。
    そこで、ホテルからそんなに遠くない、名古屋城に散歩に出かけ、見学に行ってきました。

    徳川家康ゆかりの名古屋城ですが、意外と小さな城でした(あ、悪い意味じゃないですよ)。

    写真ではわかりにくいですが、石垣も結構高くて見上げるほどありました。
    また、天守閣から眺める名古屋の光景も結構ですよ~。

    この後、昼食にきしめんを食べて名古屋グルメにピリオド。

    そして、会議となったわけです。

    で、会議を終えて、金山駅で電車を待っていたら何と日本司法書士会連合会副会長の姿が。

    なんとまぁ、こんなところで会うなんて。
    ホント、日本って狭いなぁ。

    名古屋は7月にまた来ます。
    今度は何を食べようかな。

    名古屋城


    法教育の集い
    少人数で濃い中身

    今日は午後から愛知県司法書士会館で法教育をテーマにした会合があり、参加してきました。

    多数の参加者をイメージしていたのですが、予想は見事に裏切られ、出席者は私を入れて14名。

    高知県から2名参加ですから、なんともまぁ、という感じでした。

    少人数で座談会スタイルで開催されたので、時間はあっという間にすぎていきました。
    高知県では法教育事業はスタートしたばかり。
    改めて先進県(特に大阪府)のレベルの高さを再認識した次第です。

    遅ればせながらも参加した高知県の一員として今後は積極的に活動していかねば、と思える分野でありました。

    飛行機の時間があったので途中で泣く泣く中座。
    もう少し聞いていたかった、というのが、私と、同行した同業者と共通の認識でした。

    明日からまた一週間が始まります。

    頑張らなくちゃ。

    三都移動
    東京・横浜・名古屋

    私が大の横浜好きということは以前のブログでも紹介しましたが、今日も横浜に行ってきました。
    ショッピングが目的だったんですが、購入したものは東京でも買えるもの。
    何でわざわざ東横線乗って買いに行くの?って突っ込まれる物です。

    理屈じゃないんですよ、私の横浜好きは。
    憧れの街に今日も行けた、それだけでいいんですよ。

    横浜でのショッピングが終わった後は、都内でお客さんと待ち合わせ。

    私は初めて会う方だったんですが、その方は私のHPをごらんいただいていて、私のことがすぐにわかったみたいです。
    何か恥ずかしいですね。

    そして新幹線に乗って名古屋へ。
    明日の会議に備えて前日入り。

    もっとも、名古屋グルメを満喫することが目的でした。

    高知の同業者と待ち合わせして地元グルメツアーに。

    手羽先、味噌煮、海老フリャーなどなど。

    満腹になって帰ってきました。

    ふう、余は満足じゃ。

    消えた名店
    三金

    JR四ッ谷駅を降りて司法書士会館へ向かう際、昼食をとりによく足を運んだ店がありました。

    「とんかつの三金」。
    値段ははりますが、それなりの味で司法書士同業者でも行きつけの方は多かったのではないでしょうか。

    今日はポイントがたまったので500円割引でいただこう、そう思い、店へ行きました。

    ところが、シャッターがしまっています。
    あれ、金曜って定休日?そんなはずはなかったのに。

    見ると張り紙がしてありました。

    改装中か、移転の案内か。

    私の予想は見事に裏切られました。

    2月末日をもって閉店。

    平手打ちを食らった気分です。

    あんなにおいしかったとんかつ店が閉店なんて。
    お客さんもいっぱいいたのに。

    不況の影響でしょうか?

    もうあの味を食べられないなんて。

    人通りの多さと対照的にひっそりと閉店した店。

    はぁ、どっかおいしいとんかつ屋ないかなぁ…

    疲労感
    連続面談はこたえます

    今日の午後は自分の時間がほとんどありませんでした。
    ひたすら面談もしくは電話で、のんびりできる時間がありませんでした。

    喉もカラカラになりました。

    急に来られる方もあったりで、なかなか神経が磨り減ります。

    明日は東京行き。
    今夜は早目に帰って明日に備えます。

    寒さ逆戻り
    暖房ガンガン

    桜の開花宣言があったなんて、高知はどれだけ暖かいんだ、と思った県外の皆さん、違いますよ~。

    今日の高知は本当に寒かったです。
    最近自転車に乗るときは手袋外していましたが、今日はそういうわけにはいきませんでした。

    事務所も自動車内もエアコンかけっぱなし。

    今も電気ストーブ入れてます。

    もう3月も中旬になろうとしていますが、まだしばらく寒い日が続くのでしょうかね。

    寒がりのうりぼうにはきつい毎日。

    冬将軍
    雨の冷たさ身にしみる

    ここんとこよく雨が降りますね。
    ちょっと前はとっても暖かかったのに、また肌寒い日が続いています。

    今日はちょっと雨の中外出する用事がありました。

    債務整理業務をしていると、時々自動車ローンを組んでいる方のケースがあります。
    今日はその自動車の引取日だったんですね。

    引き取った自動車を査定して債務額の圧縮をはかるものですが、今までの経験から言うとほんのわずか減るぐらい。
    引取コストが高くつくケースも決して少なくありません。

    雨の中、淡々と作業は進みました。
    最後に私が署名捺印したのですが、書類がたちまちびしょ濡れに。

    外も寒かったし、なかなかしんどかったです。

    何とか債務が減りますように、そう思いながらキャリアカーを見つめるうりぼうでありました。

    土佐弁ブログ
    龍馬伝

    昨日久し振りにNHKつけて「龍馬伝」をちらっと見たけんど、やっぱり土佐弁はむずいみたいやねぇ。
    高知の人が聞きよってほっこりせんがよ。

    龍馬は県外へいたち土佐弁で通しよった言いゆうき、しょうがいな言葉遣いやったろうねぇ。

    けんど、加尾がよう使いゆう「○○してつかぁさい」が土佐弁とはしらざったよ。
    広島弁かと思いよったきに。
    あしも使いやせんきねぇ。

    「JIN」はあしゃぁ見ちゃあせんけんど、内野聖陽さんの土佐弁はうまかったとねぇ。
    高知の人が言うてうまい言うたらホンモンやねや。

    あしが土佐弁がうまい思うたがは古いけんど、植木等さんよね。
    映画「刑事物語」やって、初めて聞いた時、しょうびっくりしたぞね。

    まぁ、高知も人が減りゆうき、きれいな土佐弁をしゃべれる人が少のうなりゆうけんど、守っていかないかんね。


    以上、土佐弁で書いてみました。
    高知県外の方、おわかりいただけましたか?

    日帰り出張
    会議45分、JR10時間

    昨晩は高校の同窓会がありましたが、今日日帰り出張があるため、1次会のみ参加して帰りました。
    もっといろんな話をしたかったんですが、2次会に行くと午前様になることは必至でしたから。

    今朝8時前に旭駅を出発。行き先は愛知県司法書士会館です。
    小雨降る肌寒い中、午後1時前に何とか到着。

    そして会議をしたわけですが、私が関与する時間がほぼ45分。
    片道5時間かけて行った名古屋でしたが、会議はあっという間に終了。
    その後、別の用事で簡単な打ち合わせもありましたが、私が名古屋にいた時間は2時間程度でした。

    それからまた来たとおりのルートで帰りました。旭駅到着が午後8時前。

    12時間の出張、うち10時間がJRに乗っているといういささか疲れた一日でした。

    悲しきドラマ
    女子大生の涙

    仕事とはいえ、やりたくない、或いはやらないほうが良かったかな、と思うことはしょっちゅうあります。

    多重債務相談を受けていた方が急逝しました。
    債権者との交渉が難航しており、受任からかなりの時間が経っておりましたが、まさか亡くなられるとは。

    その方のお嬢さんからの電話でそのことを知りました。
    初七日が終わり、落ち着いた頃に会って話をしました。

    彼女はうすうすは感じていたものの、自分の母が多重債務者であったことにショックを禁じ得ませんでした。
    そして相続放棄手続きをとることを決意されました。

    そして必要書類を取り寄せ、申立できる段階になり、再び彼女と会いました。

    「あまり見たくないかもしれませんが…」
    と私は故人に書いてもらった受付票や債権者一覧表、私と業者のやり取りのあった文書を見せました。

    彼女は無言でじっと見ていました。
    やがて一粒の涙が彼女の頬を伝いました。

    私は大変複雑な気持ちになりました。

    自分の年齢の半分ぐらいの少女が受け入れるにはあまりに厳しい現実でした。

    司法書士は依頼者と必要以上に関わりを持ちません。
    しかし、あの涙を見たとき、どう声をかけてよいか分からず狼狽する私がいました。

    今まで何度か相続放棄申述書を作成したことはありましたが、ここまでの感情を持ったことはありませんでした。
    いかに機械的に処理をしてきたか、でもさっきも言ったように必要以上に感情移入してはいけないさだめ。

    来週明け、私は家庭裁判所に向かいます。
    依頼者の愛する母の相続放棄という無常な手続きをするために。
    でもそれは、債権者から彼女を守るために。

    OLD WOMEN'S DAY
    午後はひたすら

    今日は毎月1回のとある施設へ任意後見契約を締結しているご婦人の定期的な見守りに行ってきました。

    私も後見人等に10件ほど就任していますが、健常者の方の訪問はこの方だけ。
    大体小一時間ほど、部屋の中で二人っきりでお話します。
    38歳の私と90歳のご婦人。
    どんな会話していると思います?

    他愛もない世間話がほとんどです。大体私が聞き役です。
    最後におやつをもらってさようならです。
    また来月会いに行きます。

    その後は、一人暮らしをされている85歳のご婦人宅を訪問。
    認知症がかなり進行しているようですが、もと銀行員ということもあり、
    成年後見制度の利用に強い抵抗感を抱いていました。

    市役所の方、デイサービスの方、後輩行員の方たちも同席しましたが、
    今回は制度利用の話には至りませんでした。
    根気よく説得することが必要と思われます。

    悪い人にこれ以上騙されないためにも。
    とは言うものの、この成年後見制度を利用したい、と自ら望むものは稀です。

    要件を満たしているから即申立、ではなく、本人が望まなければ申立は慎重に、です。

    みんなの悩みはつきません。

    ちょっとした変化
    受信メール数

    この前の日曜日に私は全国青年司法書士協議会の役員を退任しましたが、それにともない、ちょっとした変化がありました。あまり気付かない小さなものです。

    それは受信メール数がかなり減ったこと。
    多い時は一日200本ぐらい受信していましたが、今はかなり少なくなりました。

    多いとうっかり見落としたりするので弁解が大変でしたが、今の量ならそのようなこともなくなるでしょう。

    ただ、デスクワークはなかなか減らず、これからも明日の家庭裁判所提出書類作成です。
    ヘナ~

    思い出の五輪選手
    関穎珊~華麗なる美しき敗者

    バンクーバーオリンピックが終わりました。
    いろんなドラマがありました。

    私が冬季五輪を見るようになったのは1992年のアルベールビルだったでしょうか。その後1994年のリレハンメル、1998年長野、2002年ソルトレーク、2006年トリノ、そして2010年。

    中でも私が好きでよく見ていたのが女子フィギュアスケートです。
    クリスティ・ヤマグチvs伊藤みどり、ナンシー・ケリガンvsトーニャ・ハーディング、荒川静香vsサーシャ・コーエン、いろいろありましたが、今夜は私が最も印象に残っている選手を紹介します。

    彼女の名はミッシェル・クワン(米国)。
    フィギュアスケートの美しさを教えてくれた選手でした。

    1998年の長野では、完璧な演技で金メダル間違いなし、と思われました。
    しかし、彼女の後に滑った15歳のタラ・リピンスキーが大技を決め金メダル。
    まさかの銀メダルでした。

    そして2002年、地元ソルトレークで雪辱を誓いました。
    SPで1位、今度こそ、と思われましたがフリーでジャンプに失敗、テレビを見ていた私は思わず「えっ!」と声が出ました。
    メダルの行方は最終演者イリーナ・スルツカヤの結果にゆだねられることとなりました。
    スルツカヤ選手のフリー順位が1位なら総合でスルツカヤ、2位ならサラ・ヒューズ、3位ならクワンが金メダルという何とも分かりにくい採点方式でした。
    スルツカヤは2位となり、クワンは銅メダルとなりました。
    3位の表彰台に上がる時の彼女の涙が印象的でした。

    2大会で本命といわれた彼女の胸に金メダルが輝くことはありませんでした。

    しかし、彼女の演技は、多くの人々を魅了しました。
    ソルトレークでのエキシビジョンで一番大きな歓声とスタンディング・オベイションで迎えられたのがクワンでした。

    金メダル取らせてあげたかった、心の底から思える選手でした。


    みえ全国大会
    任期満了退任

    2月27,28日と三重県鈴鹿市のサーキット場で全国青年司法書士協議会の全国大会及び定時総会が開催されました。

    基調講演は山口良治氏。人気テレビドラマ「スクールウォーズ」のモデルとなった方です。

    この後分科会があり、私は司法書士法改正をテーマにした第二分科会のコーディネーターとして登壇しました。
    初めてのコーディネーターということもあり、要領を得ず、ぎこちなさが目立ってしまいました。
    慣れないことはするものじゃありません(汗)。
    自己採点では甘く見て60点、辛く見ると30点ぐらいでした。

    しかし、この第二分科会が終わると私は緊張の糸が解けたのか、疲れが一気に襲ってきました。
    でも、同業者と飲みあい、寝たのが午前3時30分。
    午前6時15分に起床し、大浴場へ。
    私ってタフなんだか、弱いんだか分からないですねぇ。

    総会はいろいろあって予定時刻に終わらなかったために
    私は総会終了と同時に帰路につきました。
    この総会をもって私は常任幹事を退任しました。
    決して充分な活動が出来たわけではなかったのですが、
    ひとまず区切りがつきました。

    新会長をはじめ、役員が大幅に入れ替わりました。

    県外出張が多かった私ですが、これからは少し負担が軽くなりました。
    とはいえ、出張がなくなるわけではなく、次の日曜は日帰りで出張が入っているのであります。




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