~うりぼうの独り言~
HPなんて面倒くさい、ブログなんて誰も読まないから書かない、って言っていた私がとうとう始めちゃいました。


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    遂に購入
    ですかカード

    昨晩、飲み会に行く前にバスに乗ったのですが、遂に買っちゃいました。

    ですかカード。

    高知市内の皆さんはよくご存知だと思うのですが、関東のSuicaや関西のIcocaの高知バージョンみたいなもので、電車やバスに乗るプリペイドカードです。

    販売価格は2,000円ですが、500円がデポジット(保証金)として取られているので1,500円分しか利用できません。
    残高が少なくなってきたらチャージすればよいのです。

    いちいち整理券を取ったり、小銭を準備しなくてよいと言うメリットはありますが、紛失したらかえって損するなぁ(無記名なので拾われて使われたら最後)。

    利用価格の5%がポイントとしてたまったり、市内均一区間なら1日何回乗っても上限500円という付加価値があるようです。
    まぁ、たまに利用する程度の私ですが、どこまで恩恵に与れるのかな。


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    ブロンズ体験
    メリットはいかに?

    久し振りのブログ更新です。

    さて、私は毎日インターネットをする際に、条件反射のようにANAのホームページにアクセスしているのですが、今朝アクセスするといつもと様子が違っていました。

    普段、ページ全体に青みがかかっているんですが、今日のは茶色がかっています。
    ああ、リニューアルしたのかな、と思ってよくよく見ると、
    「ブロンズサービスメンバー」
    の文字がありました。

    ああ、そうか。

    実は、今年の1月から3月にかけてANA便を旅割(以上)運賃で8回以上搭乗した場合、
    アップグレードポイント付与を除く、ブロンズメンバーの特典を与えると言うキャンペーンがあったんですよ。
    この頃、私は仙台・東京・鹿児島と飛んでいたのでこの条件をクリアし、体験ブロンズメンバーの資格を得たんですね。

    で、その体験版ブロンズサービス、ワンランク上のプラチナサービスに比べるとかなり差があるようですが、
    ①基本マイルが50%UP
    ②ANAラウンジが1000マイルで利用できる
    ③専用の予約電話番号がある
    ④空席待ち優先
    というメリットがあります。

    私は①が一番大きいですかねぇ。
    ③④はまず使わないです。

    とはいえ、自分のフライト頻度ではとてもプラチナメンバーなんて無理なのでこの体験版ブロンズを満喫しようと思っています。

    新嘉坡紀行その11
    マイナー地区巡り

    昼食を終えた私はMRT南北線に乗り、アン・モ・キオ駅へ。
    駅前に「アン・モ・キオ・ハブ」という名のショッピング・センターがあります。

    アン・モ・キオは郊外住宅地で観光名所などありません。
    ですから、観光客はまず訪れない地域でしょう。
    でも私はあえてそこに足を運び、地元色満載のスーパーを堪能してきました。
    「ここにこんなにたくさん人がいるけど、日本人観光客は私一人だけだろうな。」
    なんて思ったりしてました。

    ちょっとした買物をした後、再びMRTに乗って、北上。
    途中、ジャングルが見えてきて、ああ、やはりここは熱帯雨林なんだな、としみじみ思ったものです。

    南北線の終点ジュロン・イースト駅で東西線に乗り換え、向かった先はチャイニーズ・ガーデン。
    13.5ヘクタールの中国庭園で、正式名称は「裕華園」。
    ここも市内中心地から離れた箇所にあるので観光客は少ないところです。

    とは言うものの、いくつかの観光客とすれ違ったりしたので、閑古鳥が鳴いているわけではないのですが、日本人を見かけなかったので、マイナー地区になるのではないでしょうか。

    チャイニース・ガーデンは広いこともあって、思った以上に見学に時間がかかりました。
    いつの間にか夕方になっていました。

    MRTに乗ってブギスまで。
    後はホテル近くのショッピングスポットをぶらぶらと歩き、ホテルに戻った後、預けた荷物を受け取りました。

    シンガポールの旅もそろそろ終わりを迎えようとしていました。

    新嘉坡紀行その10
    ローカルフード

    シンガポール・フライヤーを降りて、昼食を採ろうとホール内を歩き回りましたが、ちょっと目を引くものがなかったので再び歩き始めました。

    マリーナ・スクエアという巨大ショッピングモールに入り、3階のフード・コートに足を運びました。

    いろいろ見てみて選んだのが、下の写真の「クレイポット・ライス」。
    何じゃこりゃ、と思われるかもしれませんが、いわば中国式釜飯。
    黒っぽく見えるのは鶏肉です。

    立ち込める湯気といい薫りにつられて空腹の私はもう食べる気満々。

    地元民に倣って香味油に唐辛子をまぶし、

    さぁ、いただきま~す、


    しばしの沈黙の後…

    辛っ

    美味しいんですけどね、辛すぎて箸が進まないんですよ。
    辛さと熱さがミックスされて、火が出そう。
    ペットボトルの水がなくなりそうで不安一杯。

    本当にゆっくり食べたので終わりのほうは冷めてきてやっと普通のペースで食べられました。
    おこげご飯が良かったなぁ。

    この後にパインジュースを頼みましたが、一気に飲み干しました。

    このクレイポット・ライスとジュースで昼食代は確か6ドル(約400円)。

    本当に辛かったけど、美味しかったです

    クレイポット・ライス


    新嘉坡紀行その9
    シンガポール・フライヤー

    小雨のラッフルズ・ブールバードを歩くこと約10分。
    目の前に巨大観覧車がそびえ立っています。

    これこそ、2008年に完成したばかりの世界最大の観覧車、「シンガポール・フライヤー」。
    高さ165メートルの規模を誇ります。

    天気が悪くはっきり見えたわけではないのですが、海の向こうにはインドネシアの島々も見ることができます。
    平日と言う事もあり、28人乗りの観覧車のカプセルも私を入れて7,8名程度ですみました。
    タイミング次第では貸切状態も可能でした。

    下の写真は市内の高層ビルを写したものですが、夜は夜でまた素敵な夜景が見られるそうです。

    ただ、料金は異様に高く(約30ドル=2000円弱)、本当にお勧めか、というのはちょっとどうかな、という感じです。
    ちなみに、この時に払った29ドル50セント、今回の私の旅の中で最も多い支払でした。

    摩天楼


    一枚の写真
    この場所はどこ?

    今日のブログは今朝の高知新聞を見ながらお読みください。
    (高知新聞を取っていない方ゴメンナサイ)

    かつてのブームの様子を写し出した6枚の写真。
    その中の一枚に昭和52年のスーパーカーブームの写真がありました。

    場所は高知市城山町となっています。
    あれ?住宅密集地の城山町にそんなスーパーカーが展示できる場所ってあったっけ?

    はい、当時はありました。
    杉の子第2幼稚園~城山清涼ハイツ付近の一帯です。
    昭和40年代、ここは自動車教習所だったんです。
    ですが、私が物心ついたときにはもうすでに廃業しており、教習コース跡が私達の遊び場でした。

    保育園児の私は自宅の2階からこの展示会を見ました(入場料節約)。
    当時の記憶はほとんどないですが、こんなに観客いたんですね。
    土佐道路も開通していない当時、皆どうやってここへ来たのかな?

    スーパーカーブーム、懐かしいですね。
    カタカナもろくに知らなかったのに
    「ランボルギーニ・カウンタック・LP400」ってすらすら言える自分が怖いです。
    正に「三つ子の魂百まで」です


    日本記録
    張本勲氏にあっぱれ!

    巷ではイチロー選手の安打記録更新が大きく取り上げられていますが、
    今日はこれまでの記録保持者、張本勲選手にスポットを当ててみたいと思います。

    イチロー選手に破られたとはいえ、日本プロ野球記録の3085安打はこれからも燦然と輝く記録です。

    7~8年ぐらい前でしょうか、ふと図書館に足を運んだ時に彼の自伝が目に留まり、
    借りて読んでみました。
    私の知らなかった事実が次々と出てきて、張本氏の印象が随分と変わりました。

    4歳の時の火傷が原因で右手に大きなハンデを負っていること、
    5歳で広島原爆に被災していること、
    素行不良から学業優秀にもかかわらず志望校に入学できず、甲子園出場がかなわなかったこと。

    素行不良といっても喧嘩相手は常に街のチンピラ。
    「自分より弱い者には絶対手を出さない」「売られたから買ったまでだ」
    彼なりの正義はありました。

    「プロ野球選手になって母親に家を贈るんだ」「腹いっぱいうまいもんが食いたいなぁ」
    彼はひたむきに努力し、才能を伸ばし続けました。
    プロ野球界の功績は今さら言う事もありますまい。

    テレビでは面白おかしく「喝」「あっぱれ」と叫んでいる張本氏ですが、努力に努力を重ねたまっすぐな人物です。
    マスターズリーグではファンから「喝」と野次られるのですが、私は「あっぱれ」を申し上げたいです。

    安打製造機のイメージが強いのですが、通算本塁打は何と504本。
    大リーグ選手でも4人(先日お話したハンク・アーロンやウィリー・メイズなど。)しか記録していない「3000安打・500本塁打」という栄誉を打ち立てているのです。これは本当に素晴らしい記録なんですよ。


    「これほどの努力を運と人は言い(自作の川柳)」

    チャップリン映画紹介~生誕120周年
    チャップリンの勇敢
    チャップリンの移民(ともに1917年)


    昨日のジャッキー・ロビンソン・デーはドジャースがサヨナラ勝ち、イチローが大記録達成と、喜ばしいニュースが満載でした。

    さてさて、話を本題に戻しましょう。

    本日はチャップリン生誕120周年にあたります。

    時は1917年、ハリウッドにやってきて丸3年経ち、チャップリンは不動の大スターになっていました。

    その中での作品の一つにある「チャップリンの勇敢」。
    名作と言われていますが、実はまだ私は見たことがありません。
    テレビでオンエアされたことがなかったのではないかと。

    この作品ではチャップリンは何と警察官役で出演しています。
    チャーリーはいつも警官に追われる役ばかりなのにこの作品に限ってなぜ?
    でも、ちっちゃな警官チャーリーが2メートルの大男の悪漢を逮捕するシーンは見物のようですね。

    もう一つの「チャップリンの移民」は、チャップリンの作品の中でバッシングを受けた最初の作品とも言えます。
    舞台はアメリカ・ニューヨークへ向かう客船。
    船内のギャグシーンの後、自由の女神が眼前に迫り、
    「さぁ、自由の国アメリカだ!」
    と皆が胸を躍らせているその時です。
    移民管理官がチャーリーをはじめとする入国者の前にロープを張り、身動きができないようにしました。
    怒ったチャーリーは管理官の尻を蹴ります。
    このシーンが反米行動と批判されたのです。

    これは私の推測ですが、チャップリンはイギリスから病気の母をアメリカに住まわせようとしましたが、精神病患者であることを理由に長年拒否され続けました。
    その怒りがこのシーンに表れたのかもしれません。

    映画を時には武器として使ったチャップリンらしい作品と言えるでしょう。

    今日は何の日
    ジャッキー・ロビンソン・デー

    今朝の高知新聞の「今日は何の日」コーナーに二つの出来事が記載されていました。

    一つは昭和58年に東京ディズニーランドがオープンしたという記事でしたが、ドジャースフリークの私の目に留まったのは1947年のジャッキー・ロビンソンのデビューという記事でした。

    ジャッキー・ロビンソンについては以前のブログでも紹介していますので今回は割愛しますが、今年の4月15日(日本時間では明日ですが)、大リーグの全選手が彼の背番号42をつけてプレーします。

    背番号42は大リーグ全球団で永久欠番となっており、通常は着けたくても着けられない番号(唯一の例外としてニューヨーク・ヤンキースのマリアーノ・リベラ投手)です。
    我が国では想像もつかないビッグスケールですが、いかにロビンソンの功績が大きかったかを物語っていると言えるでしょう。

    スーパースターと言われたウィリー・メイズ、彼の背番号24は、42をひっくり返したもの。
    稀代のホームラン王ハンク・アーロン、背番号44は、入団当時空いていた、42に最も近い番号。
    彼らにとってもロビンソンは雲の上のヒーローだったのです。

    さぁ、今年のジャッキー・ロビンソン・デー、どんなプレーが繰り広げられるのでしょうか、楽しみです。
    というか、ドジャース、がんばれ!



    新嘉坡紀行その8
    戦争記念公園

    シティ・ホールのすぐそばにありながら、ほとんど訪れる人のない、静かに佇んでいる公園。
    「戦争記念公園」という名の小さな公園です。
    その公園にそびえ立つ高さ68メートルの塔が「日本占領時期死難人民記念碑」。

    1942年、日本軍により多数の中国人が虐殺されました。
    その犠牲者慰霊のために1967年に建てられた塔です。

    建立には日本政府の協力もあったのですが、この塔に書かれているのは英語・中国語・マレー語・タミール語。
    日本語は書くことが許されなかったのかもしれません。
    日本人の私がここへ立ち入ってもよかったのだろうか、そんなことを考えさせられる空気が漂っていました。

    公園を後にした私は、東へ歩を進めました。
    いつしか、ポツポツと雨が降ってきました。

    記念碑


    新嘉坡紀行その7
    散歩の旅

    買物を終えてホテルに帰った私はその後、早めに就寝。
    旅行では早寝早起きが基本ですネ。

    翌朝、心地よく目覚めた私はチェックアウトをすまし(3泊4日だけど実際はホテルは2泊なので)、荷物だけ預ってもらって再び街へ繰り出しました。

    昨日の反省を生かし、今度は傘を持参。
    結果的にこれが大正解。
    シンガポール旅行は傘が不可欠です。

    MRTに乗ってラッフルズ・プレイスへ。
    ここからマーライオン公園に向かって歩き始めました。

    朝の早い時間帯なのに意外と日差しがきつく、私もいきなり汗ばみはじめました。
    こりゃ、今日も大変だな…。

    マーライオン公園に着きましたが、セントーサ島のマーライオンを見た私は目の前のマーライオンにビックリ。
    世界三大がっかり名所と言われる所以が分かったような気が…。

    下の写真はマーライオン公園から写したシンガポールの街並みです。
    皆さんにはこちらの写真のほうがよいかと。

    この後、ラッフルズ像やラッフルズ上陸記念の地などを訪れました。

    それから、シンガポールの最高裁判所前を散策しましたが、たぶんウケが良くないので報告だけにしておきます。

    街並み


    東京帰り
    今日はお休み

    昨日今日と東京に行ってました。

    新嘉坡紀行が途中ですが、ノートパソコンでのブログ更新は何かと面倒臭いので今日は控えときます。

    手抜きで申し訳ないですけど、明日以降に再度カキコしますのでしばしお待ちください。

    新嘉坡紀行その6
    豹変する天気

    国立博物館を出ると、いつの間にか雨が降っていました。

    朝快晴だったので、ホテルに傘を置いてきたのです。
    嗚呼、やはり熱帯雨林気候とはこういうことなのですね。
    ただ、何とか濡れても大丈夫な雨量でした。
    屋根のあるところを選んで歩きましたし。

    MRTに乗ってホテルへ戻り、ガイドブックを見ていてあることに気づきました。

    博物館はベンクーレン通りの近くにあるのですが、私のホテルがベンクーレン通り沿いにあり、徒歩10分程度で行けるのです。
    博物館からドービー・ゴートまで徒歩5分、ブギスからホテルまで徒歩5分、私なんでMRT乗ったの?
    しかも、ドービー・ゴートからブギスは乗り換えないと行けないし。
    我ながら苦笑しちゃいました。

    ホテルで一休みした後は、またドービー・ゴートまで歩き、百貨店「プラザ・シンガプーラ」でお買物。

    ネイティブに混じっての買物はなかなか楽しいものですよ。
    掘り出し物があったりしますしね。

    新嘉坡紀行その5
    博物館見学

    午前に汗だくになった私は涼む事も考えて、国立博物館見学を思いつきました。

    これまで海外旅行を何度かしましたが、博物館や美術館を巡るのも結構すきなのです。
    郷に入りては郷に従え、シンガポールの歴史と文化を学びに行ったわけです。

    下の看板は博物館標識ですが、公用語の英語・中国語・マレー語の次がなぜか日本語表記になっています。タミール語は?

    まぁ、それだけ日本人観光客が多いのか、それとも元日本領の名残だったのか、どうなんでしょう。

    10ドルの入場料を払って中に入りました。普通、外国語ガイドレコーダーは有料貸し出しですが、ここは何と入場料込み。とても得した気分です。

    舘内で私は実に時間をかけてゆっくりとシンガポール史を見学しました。

    第二次世界大戦中、シンガポールは日本領となり、「昭南島」と呼ばれていました。
    舘内には日本語で書かれたたくさんの資料があり、私は日本国外にいることをこの時は忘れていました。

    年配の方に反日がいるのはこのような過去があったからです。
    しかし、印象深かったのは日本占領中のシンガポール人の死者数よりも、日本敗戦後の混乱期の死者数が多かったと言う事実です。支配国イギリスは疫病・飢饉対策を講じなかったようです。

    博物館を後にした時、時計の針は午後4時半を回っていました。

    国立博物館


    新嘉坡紀行その4
    MRT豆知識

    今回の旅行で一番私が多用したのがMRT。

    安くて便利な乗り物です。
    チケットはその都度購入する「スタンダード・チケット」を利用しましたが結果的にこれがもっともお得でした。旅行者向けに「ツーリスト・パス」という1日乗車券があるのですが、これって5回乗ってやっと元が取れるかな、という値段です。

    スタンダード・チケットは目的地までの料金プラス1ドルを支払って磁気カードを受け取り、下車駅の券売機でその1ドルを払い戻してもらうというシステムを取っています。
    慣れないとややこしいですが、慣れるとどうってことないです。

    シンガポールのMRTは東西線・南北線・東北線の3線が走っています。
    多民族国家らしく、駅名も実にユニークです。

    「ハーバー・フロント」や「シティ・ホール」のように英語がほとんどですが、私の宿泊したホテルの最寄駅「ブギス」はインドネシア語、「アン・モ・キオ(宏茂橋)」は中国語、「タンジョン・パガー」はマレー語といった具合です。

    下の写真は、国立博物館に行くため下車した「ドービー・ゴート」。中国語で「多美歌」と表記される美しい駅名もヒンディー語で「洗い場」の意味になります。

    シンガポールは国民の4分の3が中国人なので車内で聞こえる会話のほとんどは中国語です。車内放送や広告は英語なんですがね。凄く不思議な感じでした。

    ドービー・ゴート


    新嘉坡紀行その3
    巨大マーライオン

    セントーサ島中部の南側のパワラン・ビーチでくつろいだ後、私はビーチ・ステーションからモノレール、セントーサ・エクスプレスに乗って隣のインビア・ステーションに向かいました。

    このモノレールは3ドル(約200円)で1日乗り放題なのです。

    駅を降りると目の前にそびえ立つ高さ37メートルの巨大マーライオン。
    入口で8ドル(約550円)でチケット購入してから中へ入ると深海世界を演出した通路があります。
    解説文字には日本語もあるのでラクチンです。そして5分ほどの「マーライオン伝説」のアニメビデオ上映(これも日本語字幕あり)。
    この後いよいよエレベーターで展望台へ。
    下の写真の口の部分がそうです。あと、図上にも展望台があります。

    マーライオンの図上から眺めるシンガポールの景色。

    よかったですよ~。

    夜は夜でまた綺麗だそうです。

    この後、セントーサ・ステーションに到着した私はビボ・シティのフードコートで遅めの昼食をとりました。
    メインディッシュは美味しかったけど、スープはビックリする味でした(@_@)。

    マーライオン・セントーサ


    新嘉坡紀行その2
    サイクリング、サイクリング、ヤッホー&ヤッホー

    しばらく振りの新嘉坡紀行、続きから案内しますね。

    セントーサ島に着いた私は、まず、レンタサイクルショップを探しました。

    セントーサ島内の移動はシャトルバスがメインなのですが、乗客は家族連れでいつも満員。
    一人旅の私には不向きな乗り物です。

    そこで誰にも気にせず好きな時に好きな所へ行ける自転車は最適だったのです。
    代金は1時間5ドル(350円弱)でした。

    早速、自転車に乗ってビーチをひた走ります。周囲のほとんどは徒歩、あるいはシャトルバス。
    そんな中、一人自転車に乗る私は気分爽快。

    島の端から端まで一周しようと思っていたのですが、きつい坂道と通行止め区間があってそれはできませんでした。
    自転車で疾走する私は、ここは熱帯シンガポールと言うことを忘れかけていました。

    やがて背中がびっしょり、手に持ったペットボトルの水も見る見る減っていきました。
    1時間のサイクリングが限界です。十分すぎるくらい堪能しました。

    今回、私はそんなにたくさんの名所を訪れたわけではないのですが、このセントーサ島の自由気ままなサイクリングが一番楽しかったです。
    どこで何をしようが誰にも気を遣う必要のないこの贅沢さ。

    一休みしながらずっと海を眺めていました。

    写真に写っているのはスカイタワー(上ってないけど)と、その右に巨大なマーライオンが見えます。
    縮小しすぎですね、分かりづらいですm(__)m。

    スカイタワー


    疲れたよ~
    雨と寒さに耐えながら

    またもやここ数日ブログがお休みでしたが、木金と同業者とお酒をのみに行って、昨日は田植えの為一日不在でした。

    朝田んぼに出た時は曇天でしたがそのうち雨が降り始め、最初は合羽を着ずに作業をしていましたが、そのうち雨足が強まり、寒さもあって作業の合間は軽四トラック内で雨宿りです。

    この田植の日が年に一度の私が軽四トラックを運転する日なのです。

    私に限らず家族全員がAT車に乗っているので、MT車は本当に久し振りの運転です。
    苗を育てていたビニールハウスから田んぼへ行くには土佐道路城山地下道付近を横断するのが最短距離なのですが、昨日はこの土佐道路が大渋滞。
    横切れないのですよ。
    私が右左折ではなく横切るの、という意思表示をしても周りの車は我関せずとばかりに私の進行の妨げをするのですよ(-_-;)。クラクション鳴らされたし。
    緊急避難じゃないですけどかなり強引に横断せざるをえませんでした。
    雨で視界の悪い中、なれないMT車で渋滞道路を横断するのはかなり神経が磨り減ります。
    遠回りになるのですが石立十字路経由で行ったほうが早かったのではないかと思えてしまいました。

    田植の後は田植機の洗車。合羽を着ていたので今回はさほど寒くありませんでした。

    終わった後はシャワーを浴びて、家族で外食。
    ファミレスについて案内され席に着こうとしたら、そしたら何とまぁ、伯父夫婦にバッタリ会って、隣の席だったので「修治、ビールご馳走しちゃお。」ということで父と妹もちゃっかりご馳走に。

    雨でいいことなかった今年の田植でしたが最後にご褒美ありました。
    偶然が呼んだ出来事。
    これもまたシンクロシニティなのかな。

    新たな法人
    一般社団法人

    今日から新年度、各地で入社式が行われたようですね。

    私も今日は法人の設立登記を2件申請しました。

    午後に株式会社の設立がありましたが、午前の一般社団法人の設立登記申請は初めてのことでした。
    もともと旧社団法人の登記も申請した事のない私は、この設立登記申請をするのもドキドキでした。だって、登記申請に必要な書類が空で言えないのですから。

    依頼者から「4月1日設立」と言われていよいよあせり始め、必死になって本を読んで法務局や公証人役場と事前の打ち合わせをすませ、今日の申請と相成ったわけです。

    添付書類は株式会社に比べると少なくてすみます。だから、そんなに難しいわけではないですが、やはり初めてはね、ドキドキするものです。

    無事登記完了してくれますように。





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