~うりぼうの独り言~
HPなんて面倒くさい、ブログなんて誰も読まないから書かない、って言っていた私がとうとう始めちゃいました。


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    癒しのコンサート
    ビューティー・カルテット?

    今日はウッドベースの先生に誘われてアトラクト・ラルゴにコンサートに出かけておりました。

    高知新聞でも掲載されていましたが、香美市出身の石丸美佳さんのコントラバスを聴きに行くのが目的でした。

    バンド名は「b4」。メンバー4人全員の名前に「美」の漢字が含まれていることからこの名前になったそうです。bが小文字なのは大文字にするとコピー用紙みたいな名前になるからだそうです。

    さてさて、演奏曲は私の知っている曲がほとんどで癒しの曲が多いのが特徴でした。
    終始リラックスムードでした。

    途中「南国土佐を後にして」の演奏がありましたが、それに聴き入っている自分は、
    ああ、やはり高知県人なんだな、
    としみじみ感じたものです。

    アンコールの曲は坂本九ちゃんの「上を向いて歩こう」でした。

    ほんのり幸せムードになって帰路についたうりぼうでした。


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    ブログ一休み
    花見と会議

    ここんとこブログを休んでいますが、書く時間がなかったのと、ノートパソコンの電池残量を気にしてかけなかったのでございます。

    新嘉坡紀行は今日はお休みして私の活動報告を。
    興味ない?まぁそう言わずに。

    金曜は同業者と花見大会、土日は東京で会議だったのですよ。

    花見は城西公園で楽しく行いました。翌日の飛行機が早いということは分かっていたのですが、ついつい夜更かし。
    帰宅して床に就いた時は午前1時を回っていたと思います。

    絶対寝坊しちゃいかん、と思ってたら気合でしょうか、4時40分に独りでに目が覚めました。

    飛行機は午前7時25分発。余裕でしたよ。
    でも、機内では流石に寝ました。

    そして浜松町の本屋で時間を潰しながら午後から会議。
    全国青年司法書士協議会新役員での実質上初回の役員会でした。

    思い起こせば数年前、私が伊丹から仙台へ飛行機で行った時、たまたま隣の方が私の司法書士バッジを見かけて
    「司法書士の方ですか?」
    と聞かれて
    「ええ、そうです。あなたもですか?」
    と答えたことがありました。

    「高知で全国大会やる事になっちゃいましてね…。」
    「私は入会早々代表者にされましてね…。」
    「お互い犠牲者ですね(笑)」

    この二人は現在全国青年司法書士協議会の役員をしております。一人は副会長、一人は常任幹事。
    何と言うめぐり合わせでしょう。

    これが心理学者ユングの言う「シンクロシニティ(偶然の一致)」なんでしょうかね。

    新嘉坡紀行
    一人旅スタート


    異国の地に一人、深夜に残されるというのはいささか心細いものです。

    私はタクシー乗り場に直行しました。
    運転手は物静かな方でしたが親切な紳士でした。
    「香港から来られたんですか?」
    「いえ、日本です。」

    深夜のハイウェーを疾走するタクシー。
    私はこれからの一人旅にワクワクすると同時に未知の世界への若干の不安が入り混じった不思議な気持ちで車内に居ました。

    やがて、ホテルに到着。30分弱乗っていましたが日本円にして約1600円。
    深夜割増を考慮してもかなり安かったという感じです。
    しかし、私がタクシーを利用したのはこれが最初で最後でした。
    徒歩と電車ばかりの移動でした。

    深夜のチェックインで、ホテルに着くとすぐに風呂に入り、床に就きました。
    シャンプーがなかったので石鹸で髪洗っちゃいました~。

    しかし、せっかく旅行に来たのですから寝過ごすのももったいないですよね。
    午前8時にはすっかり目が覚めてしまいました。

    朝食を済ませていざ、出陣。

    昨日はタクシーで全く分からなかったシンガポールの街並みを見物です。

    ホテルはMRT(詳細は台湾紀行参照)ブギス駅から徒歩5分ほどのところにあり、立地条件も良いです。
    MRTとモノレールを乗り継いだ私はセントーサ島にやってきました。

    続く

    セントーサ島


    14日の笑顔
    13日の悪夢から覚めて

    14日の朝、高知は雨のない天気でした。
    午前8時、私はANAに電話をかけました。

    昨晩の雨で成田にいけなかった。予約していた10時40分発のフライトには間に合わないが17時25分に変更できないかと。

    しばらくの保留音の後、OKの返事がもらえました。

    その後の私は機嫌を取り戻し、すっかり有頂天。

    昼過ぎに羽田空港に着いた後、バスで成田空港に向かいました。
    午後3時に無事到着。
    ANAに事情を話して航空券の再発行。

    いやぁ、ホッとしました。
    これでやっと飛行機に乗れる…。

    私が乗った便はNH901便シンガポール行き。
    生まれて初めての一人旅です。
    たまったANAのマイルで乗ったのでサーチャージしか払っていません(^^)。

    座席は45Eと最後尾通路側の席です。リクライニングもトイレに立つのも何ら問題のない席です。
    希望通り取れました

    機内では話題の映画「おくりびと」を見、機内食もじっくり味わいました。

    翌日深夜0時20分(日本時間1時20分)、予定より遅れましたが、無事シンガポール・チャンギ国際空港に到着しました。

    さぁ、うりぼうの初めての一人旅紀行、いよいよ始まりです。

    WBC優勝
    行ってみたいな

    今日の昼休みに事務所のテレビをつけて見てたのはもちろんWBC決勝戦。
    ちょうど韓国に同点にされた直後でした。
    しかし、昼休みが終わる頃に日本が追加点を挙げ、俄然ムードが高まりました。

    その後、外出の用事があって、9回にまたもや同点にされる瞬間に溜息ついたりしていました。
    やがて郵便局に来て、再びテレビ画面へ。
    なんとまぁ、イチローが2点タイムリーを放った直後でした。
    何とタイミングの悪い事か。

    でも、郵便局の用事が長引いたおかげで優勝の瞬間は画面で見ることができました。

    選手の皆さん、原監督、本当におめでとうございます。

    さて、祝勝ムードの中、私がテレビを見ていて思ったのは
    「行きたいなぁ。」
    という衝動。

    このWBC決勝戦の舞台ははロサンゼルスのドジャー・スタジアムでした。

    ドジャース・フリークの私としてはいつか必ず行きたい球場です。
    交通の便の悪い所にあるようですが、何とか機会を作って公式戦を観戦したいです。

    ドジャースキャップを被り、名物ホットドッグをほおばりながら、「私を野球に連れてって」を合唱する。

    あぁ、いいなぁ、ドジャー・スタジアム行きた~い

    痛ましの事故
    相次ぐ航空機事故

    今朝、朝食をすませたばかりの私はテレビの画面に釘付けになりました。

    成田空港で起きた米国フェデックス機事故。
    炎上する機体の映像を見て絶句。

    自分が成田空港に降り立ってから1週間も経っていない今朝7時前に、悲劇が起きました。
    6日前の午前7時5分に成田に着陸した私にとっては他人事に思えませんでした。

    貨物がまた別のものであったらこのような大惨事にはならなかったのではないかと思うと胸が痛みます。
    二人のパイロットにお悔やみを申し上げます。

    このフェデックス機事故とほぼ同じ頃、米国モンタナ州ビュートで航空機が墜落、14名が犠牲になりました。
    米国では2月にもバッファローでボンバル機が墜落し、50名の犠牲者を出しています。
    1月にはあの「ハドソン川の奇跡」も起きており、この2か月あまりの間にこれだけの航空機事故が発生しています。

    我が国でも昭和41年に飛行機事故が相次ぎました。

    もう悪夢は起きないで欲しいと祈りつつ…

    ETC割引
    おトクな料金

    今日は会議に出席するために再度愛媛県新居浜市に行ってきました。

    そこへは自分の軽自動車で行き、高速道路は南国~新居浜を利用しました。
    料金所を通過する時、「料金900円」の表示が出たのにビックリしました。

    今月まで「休日昼間割引」という制度があって走行距離が100キロ以下の場合、ETCだと半額になるのです。正規料金は1750円です。
    いやぁ、嬉しい誤算ですね。

    瀬戸大橋や明石大橋が1000円になって交通ラッシュが起きているようですが、橋を利用しない私も今日はいい思いをしました。

    高知市に住んでいる者にとっては松山よりも新居浜が行きやすくて便利な場所。
    こっちでの会議がメインにならないかなぁ。

    大ピンチ~絶体絶命
    13日の金曜日

    先週のこの日、高知は日没後から大雨に見舞われました。
    私は18時40分の飛行機で羽田に向けて飛ぶ予定でした。

    チェックインの際、株主優待券を忘れたことに気付き、
    「チェッ、正規料金か。何のため優待券買うたかわからん。」
    と思っていたところ、
    「悪天候の為、飛行機が飛ばないかも知れません。」
    との案内がありました。

    何ですって??

    私はどうしても今日中に東京に行かなきゃならんのに…。
    搭乗手続きが中断されたため、私は航空券を購入する事もできず、じっと空港で待機。
    ふと、高速バスが空いていないか、JRと土佐電鉄に電話をかけました。
    しかし、どちらも満席。高松からの寝台特急「サンライズ瀬戸」も満席でした。
    仕方ないか…。

    やがて待つこと1時間。その間、高知空港上空は着陸の様子を伺っている飛行機が5機(東京・大阪・名古屋・福岡からの便)も旋回していました。

    私の祈りも空しく、欠航のアナウンスが流れました。

    高知空港は東京や大阪に行きそびれた人でごった返していました。
    がっくりとうなだれ朝倉行きのバスに乗り込む私。いや、私だけではありません。満席に近い状態のバスでは乗客は皆肩を落としていました。

    放心状態の私は大阪行きの夜行バスに乗る事に最後の望みをかけました。
    予約ができない状態でしたのでキャンセルを期待して高知駅に向かいました。
    しかし、案の定満席。

    再び私はがっくりして自宅へ戻りました。

    私にとって悪夢の13日の金曜日はこうして幕を閉じたのであります。

    しかし、私が不安で過ごしたのは空港ロビー。
    1時間も上空で待たされた挙句に東京へ引き返した乗客の方々に比べれば可愛いものです。
    あの時、5機も旋回していたとは聞かされては居なかったでしょうが、もし知らされていたらさぞかし不安だったでしょうね。

    シンポジウム
    市民後見人養成講座

    今日は3連休の初日でしたが、高知城ホールで標記研修会が実施されました。

    約40人の参加で充実した研修会となりました。
    質問が結構出たので予定時刻より少しオーバーしました。

    研修会の後は懇親会。
    少人数でしたが、それゆえにいろんな話ができました。

    設営上至らぬ点はありましたが、研修全体としてはよかったと思います。

    これからも需要が続く成年後見制度、まだまだ研鑽が必要なようですね。

    記念日
    開業記念日

    平成15年3月18日大安吉日。

    6年前の今日、私は吉本司法書士・行政書士事務所を開設しました。
    当時31歳、希望と期待を胸にワクワクさせながら新たな人生のスタートを切りました。

    あれからもう6年経つのですね。

    今日は、あの日と同じ大安吉日。
    今日の私は電話応対や突然の訪問者の対応に追われるなど、日中はなかなか大変でした。

    「3年経てば一人前だよ。」
    先輩にいただいたアドバイスです。
    しかし、現実は6年経った今でもまだまだ分からない事だらけ。
    むしろ、念入りに調査する時間は昔の方があったかな、という感じです。

    自宅の一室から始まったわが事務所の歴史。
    今は貸事務所とスタッフを携えてなんとか頑張っています。
    「地元から離れたくない。絶対に鏡川の南じゃないと嫌」ということで現在の石立町から当分移転する予定はありません。

    3年前に事務所所在地と名称は変わりましたが、これからも吉本修治司法書士・行政書士事務所をよろしくお願いします。

    再開
    無事戻ってまいりました

    こうご期待。

    今日はもうだれたき、いぬる。

    許いとうせ。

    お休みの予告
    しばらくお待ちください

    明日以降、数日間ブログ更新をお休みします。

    ごめんなさいね。

    落ち着いたらまたUPします。

    ドジャース名選手列伝
    ギル・ホッジス~厚かった一票の壁

    大リーガーなら誰もが真にあこがれるのが「野球の殿堂」。
    しかし、これに選出されるには厳しい審査をパスしなければなりません。
    名選手でありながら、未だその夢をかなえられずにいるもの、今日紹介するギル・ホッジスはその最たる存在といえるでしょう。

    1943年にドジャースで1試合だけ出場したホッジスは、はほどなく召集されます。
    1945年に沖縄戦に参戦、その後1956年、日米野球で再び日本にやってきました。
    銃剣をバットに持ち替え、後楽園球場で場外ホームランを放ち、かのパンチョ伊東の度肝を抜きました。

    好守好打の選手で、史上二人目の1試合4本塁打を記録、通算12満塁本塁打も長い間、ナ・リーグ記録でした。
    1962年に新生ニューヨーク・メッツに移籍、ほどなく現役を引退しました。

    その後はメッツの監督として1969年、「奇跡」のワールドチャンピオンに導きました。

    1972年の開幕直前、ゴルフプレー中に急性心不全で死去。47歳の若さでした。

    記者投票による選考にもれたホッジスは2年に一度開催されるベテランズ委員会(大リーグOB等で結成された委員会で殿堂入りしていない名選手に再度栄誉のチャンスを与えるもの)での殿堂入りが期待されました。

    しかし、1993年にわずか一票差で落選(全体の75%を獲得しないといけないのです)。
    その後は得票率が低下し、未だ悲願達成ならずです。

    アメリカでは「ギル・ホッジスを殿堂入りさせる会」というのがあるそうです。

    ドジャース、メッツ時代に共通してつけた背番号14は、メッツでのみ永久欠番となっています。

    今日のニュースから
    カーネル・サンダース像発見

    好きだけど、メタボを気にして自分では滅多に入らない店、ケンタッキー・フライドチキン。

    そのシンボルともいえるカーネル・サンダース像が大阪・道頓堀川で発見されたのは皆さん、よくご存知ですよね。

    昭和60年、阪神タイガースが優勝した時、興奮したファンが店員の制止を振り切って投げ入れてから24年。よく発見されましたねぇ。
    この間、阪神タイガースは長年リーグ優勝から見はなされ、また日本シリーズは未だ制覇できずにいます。いつしか「カーネル・サンダースの呪い」とささやかれるようになりました(なお、大リーグではシカゴ・カブスの「ビリー・ゴートの呪い」が有名ですが、日本ではマイナーなので詳細はカットします。本当は書きたいのだ)。

    この24年ぶりの発見に、阪神ファンは「これで呪いは解けた。今年こそ日本一や。」と喜んでいるとか。

    でもやはり私はロサンゼルス・ドジャースが気になります。1988年以来だもん。

    ルパン三世傑作選
    7番目の橋が落ちるとき(旧11話)

    ルパンシリーズ、気がつけば2か月ぶりの投稿でした。

    私が旧シリーズの中で特に気に入っている一本です。
    旧来のハードボイルドと、宮崎駿らしいヒロインを救う心優しきルパンがともに見られる作品です。

    何者かがルパンの名を語り、次々と街の橋を爆破していきました。
    現金輸送車襲撃計画の一環だったのですが、敵の正体をつきとめようとしたルパンが、敵の罠にはまり、無理やり襲撃計画の実行犯にされます。とらわれの少女、リーサの命を助けるためです。

    しかし、泥棒のやり方を指示されるのは嫌いなルパン、はっきりと敵に言い放ちます。

    「ルパン流にやらせてもらうさ。」
    「粋にやろうぜ、粋によ。」


    この言い方がカッコいいのだ

    最後、見事に敵を倒し、少女を救ったルパン。

    彼女と別れた後にポツリ一言。

    「いい子だったなぁ。」

    これが後の「カリオストロの城」につながるのですね。

    思い出のオールディーズ
    TAMMY(デビー・レイノルズ~1957年)

    懐かしい歌声が聴こえる。
    夜更けのラジオから流れるあのメロディー。
    若い日の自分を思い出しながらふと、口ずさむ。

    皆さん、こんばんは。思い出のオールディーズ、パーソナリティの吉本修治です。

    今日紹介する曲は1957年の作品で、デビー・レイノルズの「タミー」。
    映画「タミーと独身者」の主題歌で5週連続全米1位を記録した大ヒット曲です。

    レイノルズは本来歌手ではなく、本業は女優。
    「雨に唄えば」「浮沈のモリー・ブラウン」「ザッツ・エンタテイメント」などが主な出演作。
    また、あの「魔女の宅急便」英語版で声優としても活躍しています。

    全米1位なんて取りたくても取れない歌手は一杯いるのに、女優である彼女が5週も輝いたというのも凄いですね。

    それでは、お聴きください。

    タミー

    チャップリン映画紹介
    チャップリンの替玉
    午前一時(ともに1916年)


    1915年、エッサネー社時代のチャップリンの年収は65千ドル(月収1千ドルで高額所得者といわれた時代)でしたが、翌1916年、ミューチュアル・フィルム社が年俸67万ドルという破格の条件を提示したため、チャップリンはまたもや所属会社を変えました。

    その1916年に発表した作品から2作を紹介します。

    まず、最初の作品が「チャップリンの替玉」。
    チャップリンはデパートの客役で出演していますが、別邦題「チャップリンのエスカレーター」とあるように、エスカレーターのシーンが売りです。
    世界映画史上、最初にエスカレーターが登場した作品として知られています。
    昇りエスカレーターをひたすら降りようとするチャップリン。パントマイムの見せどころです。

    続いて「午前一時」。
    ストーリーは泥酔したチャップリンがタクシーを降りてから寝室に戻るまでをひたすら描いたもので、出演者は事実上チャップリン一人。しかし、画面を見るとどう見ても昼間に撮影した事がばればれで笑っちゃいますけど。
    パントマイムの真髄として評論家からは高い評価を受けています。

    次回は1917年の作品を紹介します。

    バンコク紀行(最終回)
    アユタヤ観光

    12月30日の早朝から、私はバスツアーでバンコク北部約70キロのアユタヤに向かいました。

    アユタヤといえば日本で言う室町時代から江戸時代中期まで王朝として栄えた街で日本人町も存在していた事で有名な都市です。

    歴史めぐりという事で様々な史跡を訪れました。
    今回私達が訪れたところは
    バン・パイン離宮~ワット・ロカヤスタ~ワット・ヤイ・チャイ・モンコン~ワット・プラ・マハータート~ワット・プラ・シー・サンペット~日本人町跡~象乗り体験(順番忘れた)
    です。舌噛みそう。ちなみにワットとは「寺院」という意味です。

    このツアーの途中で持参したデジカメが壊れ、やむなく携帯電話の写メールで撮影せざるをえませんでした。
    下の写真はワット・ヤイ・チャイ・モンコンです。高さ72メートルもあります。

    移動時間を含めて約9時間のツアーでしたが、日本円で約3,500円という格安ツアー。
    観光客がたくさんなのでこの値段でも十分なんでしょう。
    現地ガイドも全て日本語で解説してくれます。

    バンコクに戻ってきた後は皆と合流し、買物をすませて早めにスワンナプーム空港に向かいました。

    機内泊で翌朝関西国際空港に到着、昼過ぎに高知に戻ってきました。

    そして大晦日を迎えたわけです。

    とっても楽しかったですよ

    仏塔


    ひきこもり
    事務処理に没頭

    昨日今日と、ほとんど事務所にこもったままでした。
    来客もなく、書類作成に没頭していました。

    職業柄、内容証明を作ることも多いのですが、相手方から反論の内容証明が届くこともよくあります。
    そんな時、どう反論してやろうかな、と考えますが、その過程って意外と快感です。

    大体、内容証明は予告もなく送りつけるので、受け取った相手側の反応は、ビックリしてすぐに処理する人と、怒りあらわに抗議して来る人の二者にはっきり分かれます。

    後者の文書を受け取った時、最初は「困ったチャンだ」と思いながら、さぁ、どうやって相手側の手を封じ込めようかとあれこれ思案するわけです。
    それが法律の条文にドンピシャのケースもあれば、法律には書かれていないケースもあります。

    今日書いた文書は前者後者それぞれのケースがありました。

    私自身、過去に私宛に直接某弁護士から内容証明を送りつけられたことがあり、これを論破した経験から、内容証明への反論が楽しくなってしまったようです。

    なんちゅうやらしい性格なんや。

    電話かけます
    机の上を片付けたい

    今日は事務所にこもりっきりで一歩も外に出ませんでした。

    いろいろたまっていることが多かったのですが、今日は電話をかけることにこだわりました。
    よく「吉本はいつかけてもいない。」と非難される事が多く、実際事務処理に支障を来しておりました。

    そこで今日は自分から積極的に電話をかけて処理に明け暮れた一日でした。

    その結果…。

    喉が渇いた

    当たり前ですが。

    午後2時から事務所に来られた方が2時間お話されたので、これの応対でさらに喉が渇きました。

    そして今、どっと疲れが出ています。
    もうしゃべりません。

    そっと靜かに今夜を迎えます。

    講演
    高齢者の財産管理

    今日は、高岡郡四万十町の農村環境改善センターに標記題目で1時間半ほどの講義と1時間の個別相談に出席して来ました。

    これまで何度か講義に出かけたことはありますが、事前にテレビで報道されたり、このように大きな看板で紹介されたのは初めてで結構ドキドキしました。

    財産管理として「任意代理」、後見に関して「権利擁護事業」「任意後見」「成年後見」、遺言に関して「自筆証書」「公正証書」について話をしました。
    今回は隣に手話通訳者がいらっしゃったのでできるだけゆっくり話したのですが、時間配分を間違え、後半が駆け足気味になりました。申し訳なかったです。

    高知へ戻ってきてから、担当者からメールがあり、「好評でした」とのこと。
    ほっとしました。

    前にも書きましたが、四万十町は司法過疎地域。
    普段からお困りの方も多いようで何とかこの状況を改善していかねばなりません。


    会場


    全国大会
    大団円

    昨日今日と鹿児島市民文化ホールにて全国青年司法書士協議会全国大会が開催されました。
    昨年高知で開催されたものと同じです。

    高知からは総勢16名が参加しました。これは会員の40%強が参加したと言う驚異的数字です。

    全国大会は平成15年に起こった志布志事件を取り扱ったものでした。
    食い入るように聞いていました。

    その後の懇親会では焼酎をたしなみ、舌鼓を打ちました。

    そして今日は定時総会。
    執行部席に初めて座りました。あっという間に終わったという感じです。

    最後に鹿児島の実行委員長の挨拶。
    感極まっておられました。

    お世辞抜きで大変素晴らしい内容の大会でした。
    1年8か月、頑張ってこられた甲斐がありました。

    私は大会後の役員会に出席したため、今も鹿児島に残っています。
    今夜まで宿泊、明日の昼前に高知に戻る予定です。





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