~うりぼうの独り言~
HPなんて面倒くさい、ブログなんて誰も読まないから書かない、って言っていた私がとうとう始めちゃいました。


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    雨の特攻機
    悲願の知覧

    今日は有給休暇(?)を利用して、鹿児島県南九州市は知覧に行ってきました。

    ずっと前から行きたいと思っていましたが、機会に恵まれず、今日ようやく念願達成です。

    知覧は特攻基地のあった場所として有名です。
    雨の平日にもかかわらず、多数の観光客が訪れていました。

    平和記念館では食い入るように資料に見入ってました。
    戦没者名簿を隈なく見てました。

    高知県の犠牲者は6名(それでも全国的にはずば抜けて少ないのです)であったとか、某俳優と同姓同名の方がいらっしゃるとか、私と同姓の犠牲者が2名いらっしゃるとか新たな発見ばかりでした。

    特攻隊員のほとんどは17歳から23歳までの青年でした。
    会館には彼らが両親に宛てた手紙が多数展示されていました。

    その中で、高岡郡北原村(現土佐市北地)出身の方の手紙が目に留まりました。
    封筒の表面の書留のスタンプの横に「遺書在中」と書かれていました。
    これを配達した郵便員、そしてそれを受け取った両親の心情を察すると胸が塞がれる思いがしました。

    彼らは陛下に忠誠を尽くし、晴れ晴れと旅立った一方で、肉親と永遠に別れる淋しさから玉砕の瞬間は「おかあさーん」と誰しも叫んでいたそうです。
    このことは、元特攻隊員で水戸黄門でおなじみの故・西村晃氏の話で初めて知りました。

    特攻機も見ました。こんな飛行機で戦艦に突入したのですね…。

    また、特攻隊員が最後の夜をすごした三角兵舎を訪ねました。本当に布団以外、何もないのですよ。
    彼らはどんなことを思いながら最後の床に就いたのでしょうか。

    平和会館を後にした私は特攻隊員の憩いの場として有名な富屋食堂を訪れました。

    「明日蛍になって帰ってくるから」と言って散った隊員の「ホタル」の話、朝鮮人隊員が「アリラン」を合唱した話、いずれもここ富屋食堂が舞台です。

    彼らは祖国というよりも自分の家族を守るために飛び立ちました。

    その遺志は今も生きています。
    私たちが平和に暮らしていけるのは彼らのお話があったからに他なりません。

    本当に訪れてよかったです。
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    受験予備校
    高知に上陸

    先日、事務所に一通のDMが届きました。
    資格試験予備校のLEC東京リーガルマインドが高知にオープンしたので補助者に告知して欲しいという内容でした。

    で、今日、そのLEC高知知寄町校の前を通りました。

    いろんなことを考えていました。
    私が受験時代は四国にLECはなく、司法書士試験を志すものは瀬戸内海を越えて講義や模試を受けに行ったものです。
    私が岡山に住んでいたのは、「LECがあるところで高知に一番近い」が理由だったのです。

    わざわざ県外まで行かなくても高知で講義が受けられる、HPでいろんな情報がすぐに得られる、10年一昔とは言いますけど、随分変わりましたね。
    当時パソコンを持っていない自分はパンフレットなんかが情報網。

    今だったら当時ほどお金かけずにできるのですよ。
    あ、でも今ぐらい問題が難しくなったらもう合格できないや(*^_^*)

    バンコク紀行その5
    水上マーケットとナイトクルーズ

    12月29日は一行6名全員が同じ観光をしました。

    朝早くから起きてバンコクからバスで約90分のところのダムヌン・サドゥアクにある水上マーケットへ。

    バスは日本人向け観光会社が手配したものですが、ほぼ満席。日本人以上に欧米人の観光客が多く、いかにタイが観光王国であるかを物語っているようでした。

    デジカメでUPする時間がないので省略しますが、私が京都・伊根で見かけた舟屋のタイ・バージョンといったところでしょうか。
    でも、観光客の多さは比ではありませんでしたが。
    とにかくボートがラッシュなんですよ。
    凄い光景でした。

    昼過ぎにバンコクへ戻ってきたのでフードコートで昼食をとり、バンコク市内観光。
    いろんな寺院めぐりをしました。
    中でも、ワット・アルンという急勾配の塔は迫力ありましたね。

    その後、6人全員がタイ式マッサージを経験。

    そして、夜はディナー・クルーズ。
    デッキではライブが行われていたのですが、なぜか私がボーカルの女性に呼ばれて舞台中央へ。

    酒が入っていたこともありますが(^^♪フィーバーしちゃいました。

    ちょっと1回のブログでまとめるのはしんどいぐらいいろんなことがあった一日でした♪

    喉が痛い
    また風邪か?

    ここんとこ睡眠不足ぎみですが、今朝、妙に喉が痛いのですよ。

    嫌な予感がしているので薬は飲んでいますが、風邪の症状に近いです。

    もう、いやや~。
    鹿児島の全国大会が目前に迫ってきているというのに。

    うがいもしているのに何で?

    体弱っちゃったのかなぁ。

    バンコク紀行その4
    バンコク交通事情

    バンコクのガイドマップをいつも家に忘れてしまい、思い出せないのでなかなかブログ更新できません。
    覚えている範囲で書きます。

    さて、バンコク市内は自動車が溢れかえっている街で、日本ほど鉄道網が張り巡らされていないので人々の移動手段は自動車にならざるを得ず、道路はいつも大渋滞。
    バンコクは人口600万人ですが、東京以上のラッシュ振りでしたね。

    そんなバンコクの渋滞を抜けるように走るのが小型三輪タクシー「トゥクトゥク」。
    相場はタクシーの2倍という値段の乗り物ですが、外国人だと吹っかけられるのだ(タクシーもふっかけますが)。

    足がない外国人にはとにかく強気。まぁ、私もいい経験をさせてもらいました。
    でも、熱帯のバンコクでは風に当たりながら乗るとなかなか快適ではあります。

    12月28日の午前から汗をかいた私達はバンコクの中心地、サイアム駅の近くにある「MBS東急」というショッピングセンターに行きました。昼食目的です。

    ここにフードコートがあり、好きなものが食べられるのです。
    食券を買って必要な分を注文します。幸い、メニューには全て英語表記がされているので注文に困るという事はありませんでした(厳密に言うとイメージしたものと違うものがでてきましたが)。
    チキンとカレーピラフのセットを食べましたが、空腹という事もあって満足満足。
    真昼間からも飲みましたが、美味しかったなぁ。シンハビールだったかな。

    その後、ホテルへ早めに帰り、夕食は全員でマンゴ・ツリーに出かけました。

    ここで初めてのトム・ヤンクンです。

    感想は……

    一度食べたからいいや。

    という味です。苦手な方にはだめでしょうね。
    でも、タイは日本と同じで米が主食の為、基本的にどんな料理も美味しかったです。

    四万十市にて
    会長就任

    昨日は四万十市のJA会館で研修を受けてきました。
    家庭裁判所の調査官の方のお話を聴いたのですが、裁判所の実情を知ることができ、大変中身の濃い研修となりました。
    もっと広報してよかったかなとは思ったのですが、会場の収容人数の都合上、今回が妥当な出席人数でした。

    瞬く間に研修が終わり、今度は市内の割烹で高知県青年司法書士協議会の定時総会が開催されました。
    質疑・答弁が例年以上に活発に行われ、終了予定時刻より30分ほどオーバーしました(開始が遅れたのも理由の一つですが)。

    そして、役員改選で私が新会長に選任されました。

    全国青年司法書士協議会の常任幹事と兼務であり、負担が増すのは事実ですが、これから一年間頑張っていきます。

    明日からまた新しい一週間が始まります。

    今朝一条神社で願掛けしましたが、良い年度でありますように。


    見たことある名前
    プロ野球選手

    職業柄、いろんな方の戸籍を見ます。
    しかし、これまで世間一般にいう「有名人」という方の戸籍は拝見した事はありませんでした。

    今日お会いしたお客さんに見せてもらった戸籍をチェックしていると、どこかで見た名前がありました。

    「あれ?ひょっとしてこの方は…。」

    お客さんは頷きました。そうです、やはりプロ野球選手として活躍された方のものだったのです。

    まじまじとその戸籍を見るわけにもいけませんが、その選手に話題が及びました。

    もっとも同業者に聞けば、プロ野球選手本人に仕事で立ち会っている方もいらっしゃいます。
    まぁ、いつか私も有名人とお会いする日が来るのかなぁ?

    ちなみに私にとって仕事のお手伝いをさせていただいた一番の有名人は市会議員の方です。

    仮眠をしても
    眠いものは眠い

    昨日の夜、あまりにしんどかったので夕方、40分ほど仮眠をとりました。

    その後、午前様になって帰宅して床についたのですが、今朝思ったほど目覚めはよくありませんでした。
    午後になっても仕事中に舟を漕ぎそうになりました。

    土日も朝から出かけることの多い私は好きなだけ寝るという事がほとんどありません。

    正月は寝正月でしたがそれ以降は睡眠不足ぎみです。

    ダイエットもなかなか思うように進まないし、少々落ち込んでおります(>_<)

    書きたいネタ、書けないネタ
    実は結構悩んでます

    昨日は書けませんでしたが、ほぼ3日に2回(?)のペースで更新する私のブログですが、今日は何を書こうかな、というのはこのPCに向かうまで考えていない事が多いのです。

    で、その時に頭に浮かんだネタを書いているのですが、どんなネタでもかけるわけではなく、書くのを遠慮している事は実はたくさんあるのです。
    裏ブログを作りたいなぁ、というのもあるし、個人情報の漏洩になるから書けない、というネタもあります。

    今日も腹立って怒りをぶちまけてやろうかというネタがあるのですが、その内容も書けないですね。
    私が匿名でこのブログを書いていれば何ら問題なく書けるネタなのですがね。

    てなわけで時折私のネタがつまらん、というご意見を頂戴しますが、そのような事情ですのでご了承下さい。

    でも、趣味のチャップリン、オールディーズ、ドジャースネタは誰に何と言われようが続けますので

    ストレス月曜日
    ため息出ちゃう

    昨日までの陽気から少し冬へ逆戻り。
    それでも日中は自転車移動のためあまり寒くなかったです。

    午前中は奇跡的に電話の少ない時間でそこそこ進みましたが、午後に私が外出中に電話がよう鳴りました。
    中には本当にストレスのたまる物もあります。

    こちらが精神的にゆとりのない時にかかってくる電話はどうしてもぶっきらぼうになってしまいがちです。
    あっという間に時間だけが過ぎ去っています。

    ゆとりが欲しいですね。何においても。

    暖かいけど中で会議
    初めての新居浜

    昨日、愛媛県新居浜市のリーガロイヤルホテルでリーガルサポート四国支部の本部支部連絡協議会が開催され、支部長である私は出席してきました。

    例年、愛媛県で開催される時は松山市内ばかりでしたが、今回は志向を変えて新居浜市内。
    でも、他の3件の者にとっては距離的にこちらの方が便利で助かりました。
    高知からゆっくり行って約1時間30分。松山だともう少し遠いですからね。

    協議は終盤、白熱しました。
    感情的になり、気分を落ち着けて頭を整理しているうちに時間がおして協議が打ち切りになりました。
    コメントしなかったことが正しかったのか正しくなかったのかは分かりません。

    その後の懇親会で最後の締めの挨拶を指名されたのでその時に、
    「なぜリーガルサポートは結成されたのか、市民はリーガルに何を要求しているかを考えれば自ずと答えは見えてくるはずです。」
    みたいなことを(酔ってたけど)できるだけ穏やかな口調で言ったことを覚えています。

    その時の懇親会で新人研修の同期と約5年ぶりに再会し、午前様となりました。

    今は高知にいますが、休日はやはり体が重くはかどりませんね。

    雨でしたね
    メランコリー・タイム

    天気が悪いと気分も沈みがちになりますね。

    今日はバタバタしたわけではないですが、パソコンの画面とらめっこでとにかく目が疲れました。

    確実に視力が落ちています。
    今使っている眼鏡も度があっていないのですが、度があっていないと肩こりとかの症状も起きるのですよね。

    ちょっと時間を見つけて買いに行こうかな。でもこの雨なんで日を変えます。



    バンコク紀行その3
    知事選の前に

    12月28日、ゆっくりと目覚めた私はゆったりと朝食をとり、BTS(バンコク高架鉄道)に乗りました。
    ホテルはアソーク駅とナナ駅の間にあり、どちらも徒歩圏ですが、西に向いて行くつもりだったのでナナ駅に行きました(結局、私達がナナ駅を利用したのはこの日だけでした)。

    タイ語が読めない私達は英語表記が頼みの綱。

    目的地パヤータイ駅に着き、旧国会議事堂めざし歩きました。

    途中、とある人物の大きなポスターが数十メートル毎に立てかけてあり、何だろう、と思っていたのですが、全てタイ語なので分かりません。
    たぶん選挙看板かな、と思ったのですが当時は分かりませんでした。

    帰国後、これは2週間後に控えたバンコク知事選のポスターだったことが分かりました。
    ちなみに、一番インパクトある表情だったスクムパン・ボリパット氏が当選しております。

    年末と言えどもバンコクは熱帯、歩いているうちに汗がにじみ出ました。

    途中、今手元にガイドがないので忘れましたが宮殿らしきものもあってそれがとにかく広いのですよ!
    幅数百メートルあったんじゃないかなぁ。

    国会議事堂に着くまで約45分。
    かなりヘトヘトになっていました。

    つづく

    バンコク紀行その2
    お待たせしました

    ホント、1か月ぶりの続編です。
    これじゃシリーズにならないですね(汗)。

    以前の続きから書きますね。

    12月27日夜、バンコクへ下り立った私達ですが、第一印象は、「あれ、思ったほど暑くないぞ。」というものでした。
    夜というのも理由ですが、12月はバンコクは乾季に入るため、雨が降らず、湿度が低くなった事も理由でしょう。

    ボックスタクシーに乗り、市内のホテルへ向かいました。
    高速道路の車線が広いのと、ランプがとても明るかったのが印象に残っています。

    私達が今回宿泊したホテルは「S15スクムヴィットホテル」。
    意味は「スクムヴィット通15番街ホテル」ですから、タクシーに行き先を告げる時も非常に便利な名前のホテルです。

    チェックインして驚いたのがその部屋の広さ。日本ではこの料金では泊まれないなぁ、という値段で3泊できることの喜びを感じていました。

    しかし!

    どうも私は海外旅行をすると必ず何らかのヘマをしでかすのです。
    翌朝、カードキーを部屋に置いたまま、外へ出てきたのです。
    あちゃ~。

    なお、この失敗は先日の鹿児島でもやっちゃいました。

    当然タイ語の話せない私は片言の英語で事情を話し、ボーイさんにチップを払う羽目になったのです。

    話は戻りますが、ホテルのチェックインがすんだ私達はすぐそばの屋台へ繰り出し、バンコクのラーメンをいただきました。メニューもないまま、身振りであれちょうだい、みたいになりましたが、あっさり味で日本人にも喜ばれると思います。
    40バーツぐらいでしたから日本円で120円。缶コーヒーの値段でラーメンが食べられるのですよ。

    到着初日は疲れを取る必要もあることから無理をせず、早めに休みました。

    睡眠不足
    眠~

    今日は本当にいろんなことがあって、ブログのネタに困っているわけではないのですが明日早朝の不燃物を出す準備の為、今夜はもうすぐ帰ります。

    また明日お会いしましょう。

    決して手を抜いているわけではありませんよ。

    メーリング中毒
    100分間のにらめっこ

    夕食を終えて事務所に再び戻って仕事再開の前に日中できなかったメールのレスをしてました。
    で、ようやく先ほどひと段落つきました。

    約1時間40分、メールを打ち続けたことになります。

    当然のことながら、これでかなりだれてしまいました。
    日中に片付かなかったフラストレーションがこの時間になっても払拭されないでいます。

    いやぁ、時間が欲しい。
    それか眠くならない薬を。

    これから仕事再開です。
    今夜は何時に帰れるのかな(ToT)

    羽田帰り
    何で東京なの?

    すっかり恒例になった羽田空港でのブログ更新。

    あれ?数日前、鹿児島に行くって書いてなかったっけ?

    はい、行ってましたよ。
    でも今は東京です。

    今朝鹿児島を飛び立って東京へ。
    その用事が済んでこれから高知へ帰るところです。

    鹿児島空港では「高知へお乗り継ぎですね?」
    と言われましたが、違ってたんですよ。

    昨日は全青司役員会で鹿児島、今日はリーガルサポート臨時総会&支部長会で東京だったのです。

    一昨日・昨日と生まれてはじめての鹿児島を満喫(?)してきました。
    やはり南国、高知よりも幾分暖かかったですね(^。^)

    でも、豚肉は食べるわ、ラーメンは食べるわで間違いなくお腹が大きくなっちゃいました。

    またダイエットしなきゃ。

    多忙とともに
    いざ薩摩路へ

    私が九州地方で唯一訪れた事がないのが鹿児島県。

    今夜、その地へ飛び立ちます。

    今日は事務員が休みの為、私一人でてんやわんやです。
    午後から事務所が空っぽになるのですが、致し方ないです。

    とはいえ、初めて訪れるところは国内外を問わず、ワクワクしますね。

    では。

    レコード鑑賞
    プレスリーをBGMに

    今日は昼休みに書きますね。

    午前中に、不動産登記を申請するに当たり、登記権利者となる方の自宅へ出向き、登記内容の説明と申請意思の確認をしてきました。

    通常の機械的な説明の後、私が
    「レコードプレイヤーを見るのは久し振りですね。」
    と話すと、相手の方が嬉しそうに趣味の話を始めました。

    客「私は古いのでプレスリーを聴くんですよ。」
    私「え?私、プレスリーの大ファンですよ。」
    客「そうですか?じゃ、聴いてみます?」

    てなわけで、ご主人、レコードを取り出し、プレイヤーにかけました。
    かすかに聴こえるプチプチ音。これがレコードの醍醐味です。
    思わず聞き入ってしまいましたが、何せ勤務時間中なので泣く泣く途中で帰りました。

    客「これ聴いてみる?持って行きなさい。何だったら差し上げますよ。」
    私「え?でもそれは…。」

    とりあえず、お借りする事にしました。
    今夜、早めに帰って我が家で聴いてみようと思います。

    初めて会ったお客様にこのようなおもてなし。
    流石にびっくりしました。

    いろいろあるんですね。

    不在が長いと
    積もる山々

    昨日今日と事務所に不在がちです。

    と言うのも講師として派遣されたり、相談会の裏方として拘束されたりで事務所にいられないのです。

    現在、高知県司法書士会は「相続登記はおすみですか」月間として相続登記に関する相談に力を入れております。この2月においては相続に関する相談は無料と言う事になっております。

    相続登記は長いこと放置するとこれもまた、厄介になります。
    思い立ったが吉日、早めに申請を済ませましょう。

    ドジャース名投手列伝
    ドン・ドライスデール~巨大な死球王

    「ハンク・アーロンが最もホームランを打った投手がこの私。それは私の自慢であり、勲章である。」

    1960年代のドジャースを支えた名投手で、身長198センチは大リーグ殿堂入りを果たした人物の中では最高の背丈です。

    サイドスローから投げる速球にハンク・アーロンは「三塁からロケットが飛んでくるようだった。」と回想しています。

    ドライスデールは内角攻めがスタイルで相手打者に平気でぶつける投手。審判から注意されても聞く耳持たず、大リーグ記録の通算154与死球で、「ヘッドハンター」と呼ばれました。

    そんなドライスデールですが、1962年にはサイ・ヤング賞を獲得しています。
    その彼がさらに脚光を浴びたのが、1968年に記録した大リーグ新記録の6試合連続完封と56年ぶりに更新した連続イニング無失点記録です。
    その偉業に、大統領予備選に勝利したロバート・ケネディーもその夜の演説で惜しみない賞賛をしました。
    その数時間後、ケネディーが凶弾に倒れたのは有名な話です。

    1956年から1969年までの14年で通算209勝、なお奪三振2486は引退当時はベスト10に入る多さでした。

    1984年に晴れて殿堂入りしました。

    ピッチングとは対照的に性格は社交的で、テレビ解説者として活躍していましたが、1993年、滞在先のモントリオールのホテルで文字通りの急逝。56歳の若さでした。

    背番号53はドジャースの永久欠番では一番大きな数字です。

    消えた路線
    ひっそりと廃止

    私が福岡にいた1月31日に、一つの航空便が廃止されました。

    先日のブログで書いたJTA高知那覇便です。
    最後の便は高知新聞ですら紹介してもらえない淋しい幕切れでした。

    搭乗率58%の不採算路線。

    しかし、私は廃止理由は別のところにあると思っています。
    それに気付いたのは自分が沖縄ラストフライトで機内で雑誌「スカイワード」の1ページを読んだ時です。

    もともと高知那覇便は月・木・土の週3回の運航でした。
    これに対して松山那覇便が火・水・金・日の週4回の運航でした。
    つまり高知・松山が交代で那覇に飛んでいたのです。

    そして、スカイワードには「松山那覇便、2月より毎日運航。好評により増便」と書かれていたのです。
    これを見た私は絶句。

    要するに今まで高知に飛ばしていた飛行機を全て松山に一本化しただけのことなのです。

    四国最大でかつ四国で唯一の50万都市松山と、35万人の高知、天秤にかけられたら答は決まってしまいます。

    JTAにしてみれば高知松山間は近いから松山空港へのアクセスも不便でない、と見たのでしょうね。

    嘆きは止まりませんが、全国的には政令指定都市同士のフライトが季節運航に格下げされるなど、航空便のリストラが進んでいます。
    4月からは高知大阪便もプチリストラされます。伊丹は一部エアバスからボンバルへの小型化、関西は減便です。

    世間とは逆に私はフライトが増える一方なのでこのリストラは痛いですね。
    乗継ばかりだと航空券代もバカにならないのです。

    空からの眺め
    佐田岬半島は細長かった

    今日福岡から高知へ飛行機で帰る途中、ふと外を眺めると陸地が見えていました。
    ここはどこだろう?大分かな、それとも四国に入ったかな、しばらく外を眺め、何かヒントがないか探していました。

    すると、目の前に細長い半島が延々と続くのが見えました。
    そうです、愛媛県の佐田岬半島です。

    車で走った時に細長さを感じてはいましたが、空から眺めると改めてその形状がよく分かります。

    佐田岬半島が見えなくなると、四国山地が見えてきて、何十年も行っていない天狗高原が見え(レストランの建物まではっきり見えました)、周りに若干の雪が見られました。

    しばらくすると、鳥形山、越知町・佐川町の街並みが見え、日高村・土佐市・いの町・高知市も空から眺めてました。

    土佐湾上空をぐるっと半回転して高知空港に着陸しました。
    佐田岬半島からはずっと外を眺めていましたので少しも退屈しませんでした。

    東京便や大阪便は海の上を飛ぶ時間が長いのですが、福岡便は陸地の上を比較的低空で飛ぶので景色が楽しめます。

    テレビも音楽もないボンバル機ですが、景色で退屈さをしのげたのは良かったです。




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