~うりぼうの独り言~
HPなんて面倒くさい、ブログなんて誰も読まないから書かない、って言っていた私がとうとう始めちゃいました。


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    多忙の一日でした
    会議と電話に追われて

    いやぁ、今日は本当に大変な一日でした。
    自分の時間がほとんどなかったですねぇ。

    午後は家庭裁判所で会議があって出かけていたのですが、会議の前と会議の後で電話が鳴り止まない感じで。
    外出する用事もありました。

    ここでは割愛しますが、本当に翻弄された一日でした!
    私だけでなく、いろんな方が翻弄されました。

    当事者の為に骨を折っても些細な事でぶち壊しになることもあります。
    残務処理、本当に大変ですね。
    今日は私だけでなく、多くの人が大変な思いをした一日でした。

    この三連休でその嫌な事をきれいさっぱり流しましょう。
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    ワールドシリーズ
    長いトンネル

    日本シリーズも未だと言うのに、向こうの大リーグではワールドシリーズが終了しました。
    史上初のサスペンデッドゲームも私には興味のないことでした。
    ドジャースがいないとね。さみしいよ~

    先日、とあるスポーツ新聞で「末尾に8のつく年にチャンピオンになったチームは長年世界一から遠ざかるというジンクスがある。」と書かれていました。
    実際に当てはめると…
    1908年 シカゴ・カブス
    1948年 クリーブランド・インディアンス
    1988年 ロサンゼルス・ドジャース
    何や、40年サイクルやないですか。
    いえいえ、実は最近までは1918年のボストン・レッドソックスが仲間にいたのです。
    2004年に86年ぶりの世界一になった球団です。
    その他の8の年のチャンピオンはほとんどがニューヨーク・ヤンキースです。

    大リーグマニアの私が見つけたジンクスは
    「20世紀にシリーズを4勝0敗で制したことのあるチームは逆に0勝4敗で敗れたことがある」です。
    これに当てはまるのがドジャース・ジャイアンツ・レッズ・カブス・ブレーブス・ヤンキース・アスレチックス。例外はオリオールズですが、1勝4連敗の経験があります。

    今日は本当にマニアネタでしたね

    これに懲りずにまたのぞいてやってください。


    腰痛
    ぎっくり腰?

    今、強烈に腰が痛いです。
    昨日も今朝も何ともなかったのに、この痛みは何でしょう?

    重い物も持っていないし、長時間同じ姿勢でいたわけでもありません。

    いずれにせよ、この痛みは辛いですよ。

    二日続けて帰りが遅かったし、睡眠不足気味です。
    こういうとき、私は激しい睡魔に襲われて帰宅を早める事がありましたが、今回は腰にきたのかもしれませんね。

    このような危険信号と思われる症状が見られると、私は体が重くなるので早めに帰宅するようになり、その結果、幸い今まで過労で倒れることもありませんでした。

    どうやら、今日は早く帰れということのようですね。

    皆さん、おやすみなさい。


    ハーモニー
    楽しきこそ音楽

    今日は週に一度の楽器練習の日ですが、最近は練習時以外に楽器を触る事が皆無に等しく、腕は落ちる一方でした。

    音階ばかりの練習ではつまらないでしょう、と先生が過去の練習曲を弾いてみませんか、とおっしゃいました。
    毎週、楽譜は持参しているものの、最近は全く練習していない曲ばかり。
    当然、不安はありました。

    だめもとで数曲にトライ。
    やはり忘れていたものが多かったです。

    ですが、先生のご意見は概ね良好で、正直かなり驚かれていました。
    いい言い方をすれば指が覚えていた、ということですよ。
    ド素人の私が言うのも何ですが、自分でも「あれ、意外と忘れていないな。」というのはありました。

    「吉本さん、これは発表会しないといけませんよ。」
    「エッ本当ですか

    思わぬ方向に話が進んでしまいました。

    でも、今日の練習はとっても楽しかったです。先生とのハーモニーがとっても気持ちよかったです。

    久し振りでしたね。あっという間に練習時間が終わったと感じたのは。

    やはり、音楽と言うだけあって、楽しまなきゃ意味がないですね

    なかなか腕は上達していないけど、これからも楽しみながらプレイしますぜ


    思い出のオールディーズ
    THE END OF THE WORLD(1962年)

    懐かしい歌声が聴こえる。
    夜更けのラジオから流れるあのメロディー。
    若い日の自分を思い出しながらふと、口ずさむ。

    皆さん、こんばんは。思い出のオールディーズ、パーソナリティの吉本修治です。

    今日紹介する曲は1962年の作品で、スキーター・デイヴィスの「この世の果てまで」。
    1963年3月に全米2位を記録した大ヒット曲です。

    元々カントリー歌手だったスキーター・デイヴィスの本名はメアリー・フランセス・ペニック。
    彼女の芸名の由来は実にユニークです。

    デイヴィスは高校時代に知り合ったベティ・ジャック・デイヴィスと「デイヴィス・シスターズ」というデュオを組んだ事にちなむのですが、スキーターは幼女時代に祖父母から呼ばれたあだ名。
    意味はmosquito、つまり「蚊」。ブ~ンとうるさかったんでしょうね(笑)。

    デイヴィス・シスターズにある日、突然悲劇が襲います。
    1953年8月、二人は交通事故に遭遇、スキーターは重傷、ベティは帰らぬ人となりました。
    その後、ベティの妹のジョージアとデュオを組みましたが、1956年に解散しました。

    ソロ歌手となったスキーターの最大のヒット曲がこの作品だったのですが、悲しい失恋の歌として知られています。
    しかし、スキーターにとっては、失恋ではなく、親友ベティを失った悲しみを歌った曲だったのです。

    それでは、お聴き下さい。

    この世の果てまで

    強行軍
    またまた東京

    昨日今日と、またまた飛行機に乗りました。
    ここんとこ毎週のように乗っています。このペースですと、今年は50回以上飛行機に乗る予定です。

    東京・水道橋で開かれるシンポジウムで私が報告しなければならないことがあったのですが、13時40分の予定でしたので全日空第2便で間にギリギリ合うだろうと考えていました。

    ところが、使用機材の到着遅れという理由で何と30分遅れ!
    定時運航でギリギリのスケジュールだったので、このままでは私の発表も怪しくなる状況でした。

    飛行機降りると(これに備えて前方座席を予約していました)、一目散にモノレール乗り場へ。
    息を切らしながら乗ったモノレールは最速の空港快速。
    浜松町に着いて京浜東北線に乗り換え(日中は快速運転するので山手線より早いのです)、秋葉原で総武線に。水道橋の全水道会館に到着した時は13時35分でした。

    私の到着を待っていたかのように会場はただちに私の発表時間となりました。
    汗を拭き拭き、語ること20分。
    やっと昼食(といってもおにぎり)にありつけました。

    シンポ終了後は東京ドームの目の前にあるビルで飲み会。
    ちょうど、読売VS中日の試合が行われていたんですね~。
    私はとっとと帰ったのでラッシュにあうこともなく無事ホテルへ。

    しかし都営三田駅は乗り換えに使っちゃいけません。
    何じゃぁこの距離は。

    ホテルは京急大鳥居駅前の東横インでホテルから空港へのシャトルバスがあり、大助かりでした。
    今日みたいに朝一で帰る場合にはラクですね。


    疲労体験
    初めての経験

    昨日、飛行機に乗った時のことです。

    羽田を19時過ぎに出る便が多いということで、滑走路に出るまで30分近く待たされました。
    新聞を読んでいましたが、会議の疲れもあって、見出しと興味ある記事を読んだ程度。
    滑走路に出た時、私は無意識に目を閉じました。ああ、やっと飛び立つな…。

    轟音がどこともなく聞こえてきた私は再度目を開けました。
    あれ、離陸の時とは音が違うな?
    それもそのはず、私を乗せた飛行機はとっくに離陸し、はるか上空を飛んでいたのです。

    時間にして10分から20分でしょうか。
    離陸の瞬間の記憶が全くないのです。

    これまで飛行機に乗った瞬間に熟睡し、離陸に気付かなかったことはあります。
    しかし、滑走路に出た段階で起きていたのに、離陸に気付かなかったと言う経験は初めてです。
    よほど疲れていて深い眠りだったんでしょうが、飛行機嫌いの方にとって、私の経験は信じられないでしょうね。


    ところで、昨日一日休んだツケは大きく、朝事務所に来てみると机の上が大変なことになっていました。
    突然の来客者やFAXが殺到し、片付ける事は出来ませんでした。
    やれやれです。



    ラウンジにて
    雨の羽田空港

    今私は羽田空港にいます。

    日中は東京四谷で会議がありましたが、午後3時に終わり、そのまま空港に向かったところ、思いのほか早く、15時50分に着きました。
    羽田高知便が16時20分。平日昼間便だから座席に余裕があったはずです。

    しかし、私の航空券はパック旅行便ということで変更できませんと断られてしまいました
    てなわけで本来乗る予定の19時05分の便まで待たなければなりません。
    そこで暇つぶしにラウンジに来て、こうしてブログを書いているわけです。

    え、仕事もせずに、何してんだって?
    もう、それは言わないで

    今朝、快適な目覚め(?)で朝食コーナーへ。

    宿泊客の過半数が中国人でした。
    私も出張でいろいろなホテルに宿泊するのですが、たまにグレードの良いホテルへ泊まった時に思うのが中国人観光客の多さ。
    確かに日本人の10倍以上の人口を誇る国なので多いと言えばそれまでですが、私が正規料金では泊まれないようなホテルに、本当にたくさんいらっしゃいます。
    北京五輪効果なんでしょうかね。
    いやはや、世界経済に多大な影響力を持つ国民、といって良いのではないでしょうか。

    午前9時を過ぎるとJR京浜東北線もかなり空いており、JR中央線には余裕で座れました。
    会議は午前10時から午後3時まででした。

    以前は平日に東京へ来ることにすごい抵抗があったのですが、今は平気ですね(笑)。

    雨と言うことで午後5時なのにかなり暗いです。

    はぁ、あと2時間…

    乱気だねぇ
    毎日へこんでます

    こんばんは、今私は東京・蒲田のホテルにいます。
    またまた県外でのブログ更新です。

    ここんとこ、毎日一回はへこむことが起きています。
    今日はの後方をコツンと当ててしまいましたのよ(>_<)

    県外出張が相次ぐと、高知に(事務所に)いる時間が限られてくるので仕事がなかなか進まないのです。
    今は一日の面談件数を抑えているため、少しずつ片付くようになりました。
    それでもまだまだ書類の山はなくなりません。
    明日一日、事務員に頑張ってもらわないといけません
    ごめんね、所長は四谷で会議です。

    今日の飛行機はよく揺れました。
    京急線に乗ると、都営浅草線で人身事故があってダイヤに乱れが生じていました。
    今日はその他の路線でも人身事故があったらしく、首都圏の電車は散々だったようです。

    今日のホテルはチェックインが遅かったこともあり、ダブルルームです。

    今夜はぐっすり眠れそうですね

    チャップリン映画紹介
    1914年の作品から

    ひょんなことから始めたこのブログ、いろんな方が見てくださっているんですねぇ。
    「見ましたよ。」なんて言われると結構照れくさいものです

    さてさて、今日は久し振りにチャップリンの映画紹介をしましょう。
    今回は、チャップリンが映画デビューを果たした1914年にスポットを当てます。

    ファンの私が言うのもなんですが、私の中で印象に残っている作品は少なく、また、未だ見ていない作品もあります。ですので、紹介は簡単にしますね。

    元々は舞台役者だったチャップリンはキーストーン社の喜劇映画俳優マック・セネットにスカウトされ、スクリーンデビューを果たしました。24歳の時です。
    チャップリンはこの年35本の作品に出演しました。その中からいくつかをピックアップします。

    成功争い
     デビュー作。ペテン師役(悪役)で出演。
    ヴェニスの子供自動車競走 
     おなじみ放浪者スタイルで登場。
    メーベルの窮境
     キーストーン時代の相手役女優、メーベル・ノーマンドとの初共演。
    恋の20分
     チャップリン初監督作品。
    多忙の日
     チャップリン初の女装作品。
    チャップリンとパン屋
     ドタバタ喜劇として評価の高い作品。
    醜女の深情
     当時としては珍しい1時間の長編。

    さらば丹後路
    長い列車の旅

    9月28日、天橋立駅を出発した私達はひたすら高知への帰りの旅を続けました。
    福知山駅で乗り換えると、程なく激しい睡魔が襲い、そのままウトウトと
    帰り道は景色を楽しむ余裕がありませんでした。

    特急北近畿は福知山線を走行します。
    宝塚駅を発車すると尼崎駅まで停車しませんでしたが、通過する駅の表示は目に入ってきました。
    塚口駅を通過すると列車のスピードが落ちました。
    平成17年に起きた福知山線脱線事故現場に差し掛かったのです。

    緩やかに右カーブを描いていました。その先に当時の傷跡がひっそりと残されていました。
    その時の車内は手を合わせる乗客もいらっしゃいました。

    終点新大阪駅に着くと、今度は新幹線に乗り換え。
    のぞみ35号は新型N700系車両でした。
    普通席でもなかなか豪華でしたよ。

    あっという間に岡山駅に到着。そして、最後に南風21号に乗車。
    夕食を済ますと、また一眠り。
    グリーン車だったので皆、スヤスヤと休めました。
    ただ、弟はずっと起きてて前方の運転席から見える景色を眺めていたようです。

    20時48分、天橋立駅を出発して約7時間後、無事高知駅に到着しました。

    最後はに乗って帰宅

    こうして一泊二日の京都旅行は終わりました。
    ヘトヘトに疲れたけど、とっても楽しい旅でした。

    校友会総会
    プチ同窓会

    昨日は、青山学院大学校友会高知県支部総会が開かれました。

    50名弱の参加者でした。
    うち私を含む4名は高校の同級生です。
    二次会終了後、この4人でプチ同窓会をしたのは言うまでもありません。

    この総会の懇親会での余興にビンゴゲームがあり、私が商品買出し当番です。
    3年前から始まり、私もずっと買出し係を担っていますが、本番のビンゴで商品が当たった事は一度もありません。
    今年はどうかと申しますと…。

    なんと、一番最初にリーチがかかったのに最後までビンゴにならず、スカ。
    商品は20個あるというのにです。
    一方、私の同級生は3年連続景品GETです。

    どうやら私はこの青学グッズには縁がないようです。

    二日酔いで今もちょっと頭が痛いです。

    でも、嬉しいニュースもありました。

    青山学院大学が来年の第85回箱根駅伝に33年ぶりに出場する事が決まったのです。
    昨年は本当に悔しい思いをしたので選手の喜びもひとしおだった事でしょう。

    来年の正月が今から楽しみです。


    タンゴ紀行その6
    飛龍観

    天橋立に戻ってきた私達は昼食を近くの食堂でとることにしました。
    気温はかなり低く、私は肉うどんを食べました。

    時計を見ると午後1時を過ぎたばかり。まだ帰りの列車には時間があります。
    急遽、天橋立ビューランドに行く事にしました。
    ビューランドは天橋立南側の観光スポットです。

    リフトで山頂まで上って再び景色を眺めました。
    それが下の写真ですが、ほぼ真一文字に見ることができます。
    これを股覗きすると、龍が天に昇っているように見えることから「飛龍観」と呼ばれているそうです。

    北側の傘松公園からの眺めは「斜め一文字」と呼ばれています。
    どちらも風流でしたねぇ。

    この天橋立への観光で私は日本三景に全て足を運ぶことができました。
    自然の不思議を最も感じたのがここでした。
    よかったです。

    リフトを下りて時計を見ると13時38分。
    帰りの列車は13時50分発。リフト乗り場から天橋立駅まで徒歩5分。
    私達は冷や汗をかきながら、早足で駅に向かいました。
    何とか間に合い、無事乗車。

    程なく発車ベルが鳴り、私達の乗った特急はしだて6号は天橋立駅を後にしました。

    天橋立




    リーグ優勝逃す
    夢と消えたワールドシリーズ

    昼休み、ネットを閲覧していた私の目に飛び込んだのは、「大リーグ、フィリーズがナ・リーグ優勝」という本当に残念な記事でした
    ア・リーグ優勝がレイズかレッドソックスかは私にはもうどうでもよくなりました。

    フィリーズファンには申し訳ないけど、勝てる試合を落としたドジャースの自滅でした。
    2試合が逆転負け。ナ・リーグ一の防御率を誇るチームがこれじゃ面目丸つぶれです。

    プレーオフ初戦の嫌な負け方が気になっていたのですが、悪い予感が当たってしまいました。
    投手で活躍したのが黒田博樹だけ、しかし、危険球で7000ドルの罰金を取られてミソがついています。

    昨年10月のブログに、1950年のペナントレース最終戦という大事な試合、ドジャースはフィリーズに負けた、と書きましたが、哀しい歴史が繰り返されました。

    ですが、シーズン84勝しか出来なかったチームがよくここまで来たな、というのも一理あります。

    この悔しさを来年に生かして今度こそ、ワールドシリーズに出てくれ~

    タンゴ紀行その5
    伊根の舟屋~朝ドラの舞台

    9月28日の朝の京都北部は今にも雨が降り出しそうな天気でした。

    日曜の朝と言うのに運休するバス便もあって難儀しました。
    今回の私達の旅行は公共機関がメインですから待ち時間に悩まされた一日でした。

    午前9時半を回ってやっと路線バスがやって来ました。
    私達の行き先は与謝郡伊根町。天橋立から路線バスで50分のところにあります。
    丹後半島の最北東部にある人口2500人の小さな町です。
    町長は吉本秀樹さんですが、うりぼうとは親族でも何でもありません(笑)。

    バスに揺られて着いた私達は遊覧船に乗りました。
    「伊根の舟屋」巡りです。

    ここ伊根は海岸沿いに集落が形成され、どの家にも舟屋と呼ばれる舟の収納庫があるという全国的にも大変珍しい地方です。
    平成5年に、戸田菜穂主演のNHK朝ドラ「ええにょぼ」の舞台になったところです。
    遊覧船から眺める舟屋の光景は、タイムスリップしたみたいで、何とも言えぬ景色でした。
    近所の行き来が舟というのは、ちょっと想像できないですね。

    京都北東部となると、路線バスも本当にまばらです。遊覧船乗り場で私達は天橋立へ帰るバスを1時間近く待ちました。小雨がぱらつき、肌寒くなってきました。

    でも、旅先と言うのは不思議なものです。
    海を眺めたり、地元の人々の生活ぶりを眺めていたりすると、待ち時間も退屈でなくなるのです。

    あまり時間の長さを感じずに帰りのバスに乗り込みました。

    天橋立へ戻ってきた時には正午を大きく過ぎていました。

    クラシックコンサート
    秋の夕べ

    昨日は高知市内のアトラクト・ラルゴにコンサートを聴きに行っていました。

    「トロワ・アクアレル」というピアノ・チェロ・フルートのトリオによる演奏でした。

    アトラクトに行ったのも初めてならば、コントラバスの出演しないクラシックコンサートを聴くのも初めてです。

    コントラバスに比べると、やはりチェロは優しい音色です。
    かの喜劇俳優、チャーリー・チャップリンも愛した楽器(彼は、映画「チャップリンの放浪者」や「ライムライト」でバイオリンを演奏していますが、不動の人気を得た20代後半の時にも本気でチェロ奏者になることを夢見ていたようです)。

    風邪をひいてて決して体調は万全ではなかったのですが、心癒される演奏会で幾分和らぎました。

    日々忙殺されると「芸術の秋」ということまでも忘れてしまいます。
    疲れた体にはクラシックがいいですね。
    車のCDにも搭載していますが、やはり生演奏がずっといいです。

    アフターファイブを大事にしたいですね。
    といいながら今も事務所にいますけど(笑)。

    今日から平日、現実に戻されたうりぼうでありました。

    タンゴ紀行その4
    かわら投げ

    傘松公園の展望台には「かわら投げ」というちょっとしたゲームがあります。

    3枚100円のちっちゃなかわら(といっても粘土でできています)を数メートル先の「知恵の輪」に投げて通すという遊びです。

    ルールは至ってシンプルなのですが、これが意外と難しいのです!

    右投げの人がかわらをそのまま投げると、スナップがかかって大きく左へカーブするのです。
    目標より右をねらって投げるのですが、今度は高さが合わなかったりと、結局私は通す事はできませんでした。
    弟は1回成功させたのでこの勝負、兄貴の負けです(>_<)。

    60代~70代と思しき方が躍起になって何度もチャレンジしていました。

    傘松公園で堪能した私達は係員の「まもなくリフトが終わります!」という声で慌てて下山。
    せっかくですからケーブルカーではなく、リフトで景色を楽しみたいですよね。

    下山後は土産物店を巡って遊覧船に乗って帰ってきました。

    午後5時30分を少し回ったところでしたが、いいタイミングで旅館にチェックインできました。

    ちょっと一休みして夕食。

    観光地の旅館は立地条件によって値段が全然違いますね。
    今回、私達は当初、景色の素晴らしい旅館を考えていたのですが、一人1泊3万円もするということで、駅にお近くの旅館にしました。部屋からは天橋立は全く見えません。値段は旅館としてはこんなものだろう、という値段でした。
    ただ、風呂が小さかったのは残念。入っていたのが自分だけだからよかったですけどね。


    名古屋紀行その2
    ご当地グルメ

    何とか無事に高知へ帰って来ました。

    今回私が名古屋に行ったのは全国青年司法書士協議会の役員会及び代表者会議のためですが、
    かつて(昭和60年頃)は、会議は常に名古屋で行われており、役員と代表者同士で激しい議論を繰り広げていたそうです。

    私が全青司の役員に就任してから7か月が経ちましたが、役員会・代表者会議初日・2日と全ての会議で壇上に上がってマイクを握ったのは今回が初めてでした。

    何とか無事に終わり、ほっとしています。

    今回、名古屋に来て楽しみにしていたのはいろいろな食を嗜むことでした。
    味噌カツ・きしめん・串焼き・櫃まぶしといった名古屋名物をいただきました。
    海老フリャーや手羽先、外郎は今回は機会がありませんでした。
    またの機会にしましょう。

    今回の出張で不便さを感じたのが交通の便。
    中部国際空港ができてから、小牧空港は県営飛行場と名前が変わり、ミニ空港化。
    200万都市級の空港にしては小さかった、というのが正直な感想です。
    名古屋駅発空港行のバスが午後2時の次が午後4時発。なんちゅうダイヤじゃ。

    仕方がないので、午後3時前、名鉄線に乗って西春駅から路線バスに乗りかえて行きましたよ。
    終点まで乗ったの、私だけでした。
    でも、途中、西春日井郡豊山町を通り、
    「この町がイチローの故郷か。」
    と眺めてました。

    今回は最後に櫃まぶしをいただいてグルメツアーの締めとなりましたが、
    次回は本場の海老フリャーと手羽先を食べるでよ

    名古屋紀行
    ALONE NIGHT

    ロサンゼルス・ドジャースが、リーグ優勝決定戦第1戦でで悔しい逆転負け。
    ちょっぴり残念です。

    こんばんは、今私は名古屋に来ています。
    滞在先のホテルでこのブログを書いています。

    名古屋空港、名古屋駅とこれまで何度も訪れたことのあるこの町でしたが、空港や駅から出たのはこれが初めて。
    36年間、私には不思議と縁のなかった都市でした。

    明日の朝から愛知県司法書士会館で開催される会議に出席するのですが、私の発表が多く、正直初めての名古屋を満喫と言うわけにはまいりません。
    準備をしていないのでこれから資料の読み込みをしないといけません。

    ただ、小牧空港に着陸する時に見えた夜景は見事でした。

    このブログを書き終えたら勉強開始です。

    はぁ、私は何しに名古屋に来ているんだろ…。

    法曹のプロ
    弁護士への相談~生きた勉強

    職業柄、いろんな弁護士の先生と知り合いになり、いろいろな意見を聞くことも多いです。

    最初は私への相談であっても、「これは弁護士に相談したほうがよいですよ。」とアドバイスしたり、お客様から率先して「弁護士の先生を紹介してください。」と言われることもあります。

    自分が関与していた場合にはお客様と一緒に法律事務所に足を運ぶ事もしばしばです。
    そこで先生方の意見を拝聴させていただくのですが、やはりとても勉強になります。
    ああ、そういうことか、と頷く事もよくあります。
    そこで得たノウハウを自分の相談に生かさせてもらっています。

    仲のよい先生方とは弁護士と司法書士の職域問題についてざっくばらんな議論もできます。

    まぁ、その一方で、口を聞くのも嫌な方というのもいます。
    坊主憎けりゃ何とか、と言いますが、私がどうしても受け付けない弁護士がいるのも事実です。
    最近は深く考えないようにしてます。

    いずれにせよ、国民の利便・権利擁護というものを考えたとき、お互いがいがみ合うのはよくないこと。
    良好な関係であり続けたいものです。

    まぁ、私の性格を直すのも一つの課題ではありますが…(>_<)

    多重債務相談会
    不況の波か

    毎週水曜日に高知県司法書士会館で多重債務に関する相談会を実施しています。

    今日は私が相談当番でした。

    数年前から実施していますが、多重債務に関する相談はとどまるところを知らず、当事務所においても片付くより新規受託のペースが上回っています。
    相変わらず、高知には不況の波が強く押し寄せているようです。

    最近は貸金業者が利息制限法所定金利で貸し付けることが多くなり(当然ですが)、かつてのような引き直し計算による債務額大幅圧縮というケースは減少傾向にあります。
    法定金利で貸し付けているから、債務額は減少ナシ。となると、将来利息のカットを念頭に置いた交渉にならざるを得ません。
    この交渉に応じる業者、そうでない業者、債権者の反応は様々です。

    先月、東京都三鷹市でシンポに参加しましたが、年利18%でも十分に高い金利という事を再認識しました。
    金利というものは公定歩合とのバランスが取れたものでなければなりません。
    金利というものをきちんと見直し、国民の生活の安定に寄与できる利率の実現を望んでいます。

    逆戻り
    ブランクの怖さ

    今日は3週間ぶりの楽器教室に行ってました。
    しかし、度重なる用事の為、この間、全くベースに触る事ができず、今までのレッスンの内容がすっかり頭から抜けてしまいました。

    今日は前回のおさらいに終始した練習でした。

    弾いてる間は嫌な事も忘れられるのですが、こうしてパソコンに向かうとたまった仕事の事を思い出し、また憂鬱になります。

    仕事と趣味の峻別が肝心ですが、なかなかうまく出来ないですね。
    自分って、本当、不器用と思います。

    毎回一生懸命教えてくれる先生に何とか応えたいなぁ、と思いつつもレッスンを休まないのがやっとの現実です。
    これじゃ、コンサートに参加できるのがいつになることやら。


    タンゴ紀行その3
    名物股覗き

    9月27日、天橋立駅に着いた私達はまず、レンタサイクルを借りることにしました。午後3時が近付いているので、名所を効果的に回りたい、という意向があったからです。
    天橋立は歩いてゆっくり回るものだ、という方もいらっしゃるでしょうが、今回の私達にとってはこれが正しい選択肢でした。

    天橋立は全長4キロ近くあるのでまともに歩くと1時間かかってしまいます。自転車で回ると見たいところはじっくり、そうでないところはすいすい通過、という事もできるし、この後の傘松公園へ行く体力も温存(?)できます。

    今まで写真でしか見たことのない天橋立ですが、こんな狭い陸地が延々と続く、自然の不思議を感じました。
    対岸まで軽くサイクリングした後は、リフトに乗って傘松公園へ。
    5分ほど乗って到着。
    展望台から見る景色は、見事なものでした。写真で何度も見たあの光景がそのまま目に映っていました。

    天橋立は股覗きしながら見るというのが名物ですが、最初私は、「下らん。そんな恥ずかしい事できるか。」と消極的でしたが、観光客皆が股覗きするのを見ていると、逆に股覗きしない方が変な目で見られてしまいます。
    チャレンジしましたよ。

    う~ん、なるほど。

    感想は、そんなもんです、はい。

    この日の京都の天気は限りなく曇りに近い晴れで、気温は結構低かったです。
    時間が遅かった事もあって、観光客もそんなに多いとはいえない数でした。
    でも、それが私達が傘松公園でじっくり楽しめたことにもなります。

    つづく




    やったぜ、ドジャース!
    地区シリーズ初勝利

    こんばんは、東京帰りのうりぼうです。高知県司法書士会の重鎮3名の方と同じ飛行機に乗り合わせておりました。

    海の向こうの大リーグのプレーオフでロサンゼルス・ドジャースが黒田博樹投手の好投でシカゴ・カブスを破り、3連勝でディヴィジョン・シリーズを制しました!

    地区シリーズ制が採用されてからこれまでドジャースは4度出場していますが、いずれも敗退しており、しかも成績は1勝12敗という悲惨なものでした。

    今回もシーズン84勝とプレーオフ進出チームの中では最低の成績で下馬評も低かったです。
    私も過去のブログで勝率5割をうろつくドジャースに苦言を呈したこともありました。

    しかし、勝負はやってみないとわからないものですね。
    ナ・リーグ最多の97勝を挙げたチームに3タテ食らわしたのですから。

    13勝も下回るチームがストレート勝ちを収めたのは初めてだそうです。

    カブスは今年は100年ぶりのワールド・チャンピオンを目指すと言う大きな目標があったのですが、プレーオフが本拠地開幕と言うことで大変なプレッシャーになり、硬くなって敗戦。さらにそれが翌日余計に増大し、エラーを連発して自滅。地元連敗して敵地に乗り込んで勝つと言うのは奇跡が起きないと無理と言うものです。

    ドジャースは今年がロサンゼルス移転50年の記念すべき年です。
    地区シリーズを快勝したのでこの勢いを次のリーグ優勝決定戦、ワールドシリーズに生かしてもらいたいものです!

    がんばれ、ドジャース!

    タンゴ紀行その2
    遠かった~

    9月27日、岡山駅で特急南風を下りた私達は続いて新幹線のぞみ14号に乗りました。
    新大阪駅までの所要時間は45分。高知~岡山間とほぼ同じ距離なのに所要時間は南風の3分の1以下です。
    改めて新幹線の速さを実感したものです。
    新大阪まではあっという間でした。

    新大阪駅からは城崎温泉行きの特急北近畿7号に乗りました。
    指定席を取っていたのですが、次の大阪駅でほぼ満席状態に。
    社員旅行で城崎温泉に向かう方達がたくさんいました。
    私達に限らず、一度に乗車する人数が多いと、自由席の確保ができないと思い、指定席を購入しがちです。この列車に関してはそれが見事に該当しており、自由席はガラガラだったようです。

    私以外の家族はちゃんとした駅弁を購入し、旅を満喫していました。私だけがコンビニ弁当。てへ。

    特急に揺られること1時間半、福知山駅に到着です。
    私達はここで下車して、京都からやってきた久美浜行き特急タンゴディスカバリー1号に乗り換えました。
    福知山駅では大阪・京都から来た特急がほぼ同時に同じホームに到着し、それぞれ城崎温泉・天橋立方面に向かうので乗換えが大変スムーズなのです
    観光客に配慮したダイヤ編成になっています。

    14時34分、天橋立駅へ到着。
    旭駅を出発してから6時間半以上かかりました。

    遠かった~

    天橋立でのお話はまた次回に。




    司法書士試験
    6年前の思い出

    今朝、法務局に行った際、本年度の司法書士試験筆記試験合格者の番号が貼り出されていました。
    高知県では4名の合格。昨年度が0名でしたから大飛躍です。
    全国では930名合格、出願者数は約33,000人でしたから合格率2.8%の狭き門でした。

    私が司法書士試験に合格したのは6年前。

    今夜は、私の受験時代の話をしましょう。

    私が将来、司法書士になろうと決意したのが20歳の時。
    そして合格したのが31歳になる直前でした。
    勉強を始めて足掛け10年。
    本当に長い歳月でした。

    受験予備校のパンフレットには短期合格者の体験記が数多く載っており、自分もその一員になれると信じきっていました。当時は浅墓でしたね。

    過去の自分を振り返ると、最初の3年は基礎知識の充実と受験レベルに持っていくまでの学習の時期(東京・高知在住)。
    途中3年は合格レベルに達するまでの猛勉強の時期(岡山在住)。
    ラスト3年は合格レベルに達してからの苦闘の時期(岡山・高知在住)。

    平成11年に大チョンボを冒して不合格になったことが長く尾を引いたようです。
    途中何度諦めようと思ったことでしょう。
    自分には一生受からない試験だと思うこともしばしばでした。

    でも、勉強仲間が次々に合格していくのを目の当たりにして今度こそ、と言い聞かせ続けました。

    永年住み慣れた岡山を後にして高知へ戻ってきた平成14年の本試験。
    過去8回と違って、試験終了後「たぶん大丈夫。」との予感がしました。
    宅建試験や行政書士試験終了後と同じ感じでしたので、そう思ったのです。

    ただ、発表が近付くにつれ、不安が増大しました。
    合格発表の日も、なかなか掲示板を見に行く勇気が持てませんでした。

    岡山時代の友人が携帯電話にメールをくれていたことは知っていましたが、それを読む気になれませんでした。でも、夕方7時頃、ようやく覚悟を決めました。
    友人のメールを開くと、

    合格」

    のメッセージがありました。後で彼に電話したら
    「不合格やったらメール送るわけがない。」「高知で5人合格者がいてお前がいないわけないだろ。」
    と言われました。

    かくして私が法務局の掲示板に自分の受験番号を見たのは日もとっぷり暮れた午後7時半。

    この後、口述試験を経て、晴れて正式合格。
    勝利の女神は9回目にしてようやく私に微笑んでくれました。

    こうして私の長い受験生活にピリオドが打たれたのであります。


    ささやかな幸せ
    五丁目の夕日

    お客様への謝罪からスタートした今日一日。
    私にはほろ苦い日となりました。

    でも、お叱りを受けることを覚悟していた私にかけていただいたお客様の一言。
    本気で涙が出そうになりました。

    昨日に片付けられなかった仕事を必死で取り組み、夕方、官公署からの帰りに高知市上町五丁目のスーパー、サンプラザに寄りました。

    夕食の買出しに勤しむ奥様方の多い中で、スーツ姿で買物籠を持つ私は目立っていたと思います。

    買物を終え、レジに向かいました。
    20歳ぐらいの可愛らしいお嬢さんでした。
    「ありがとうございました。」
    という声がまた可愛いんだな、これが。
    うっかりEdyカードを取り忘れそうになった時に笑顔で教えてくれた仕草もまた可愛らしかったですね。

    自転車に乗ってふと西の空を見ると、雲の隙間から夕日が輝いていました。
    路面電車の上に見える太陽。
    両脇はパチンコ店とコンビニで昭和風情、というわけにはまいりませんでしたが、心癒される光景でした。

    夕方にちょっぴり、ホントささやかですが、「今日も一日無事に終わってよかった。」と実感できました。



    覆水盆に返らず
    嗚呼無情

    今、最高に落ち込んでます。

    理由は公にはできないですが。

    机の上には書類の山ですが、とてもそれを片付ける気が起きないのです。

    ここまでへこむとね。

    もしもこの世にタイムマシンがあるのなら、時計の針を3時間前に戻して欲しいです。

    泣いても時計は戻りません。
    あまりに無情で泣くこともできません。

    みなさん、ごめんなさい。
    今日は全然面白くない話題で。




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