~うりぼうの独り言~
HPなんて面倒くさい、ブログなんて誰も読まないから書かない、って言っていた私がとうとう始めちゃいました。


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    日帰り出張
    久し振りの倉敷

    昨夕の夕立、今日の雷雨と高知市に局地的に襲ったアクシデントも私は知らずじまい。

    今日は特急「南風」に乗って岡山県倉敷市に出向いてました。

    かつて私が岡山に住んでいた時にお世話になった方の親御さんより登記の依頼があり、本人確認と内容の説明に行ったものです。

    倉敷に行ったのは何年振りでしょう?10年近く行ってなかったような気がします。
    駅前の三越デパートは天満屋に変わっていました。

    しかし、9時12分に高知駅を出発し、戻ってきたのが20時(帰りの列車「南風」が20分近くも遅れました。プンプン!)ですから正直かなり疲れました。

    依頼者の話も次から次へと飛び出し、約3時間お宅にお邪魔していましたからねぇ。

    廿日市、鳴門、京都…。
    仕事の為、平日に出向いた県外の都市ですが、旅好きの性格もあってこれからも増えるでしょうね。
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    ブログ通信簿
    21歳女性?

    皆さん、「ブログ通信簿」ってサイト、ご覧になったことありますか?

    「主張度」「気楽度」「マメ度」「影響度」の4カテゴリーで自分のブログの評価をしてもらえるものです。
    資料となるブログは最近の10ブログから診断されるとのことです。

    私も興味本位で今日、自分のブログを診断してもらいました。

    その結果は…

    「あなたは『体育祭実行委員』タイプです。自分の好みだけでなく、時には周りの友だちのことも考えていいかも。もっと目立ってもいいと思いますよ。よく話題にしている旅行記の知識や経験を生かしてバレエダンサーを目指しましょう。」

    ブログ通信簿によると、うりぼうは「21歳女性」だそうです。

    アッハッハッ

    なかなか面白い診断結果でしたね。


    ベース教室
    ブランクに涙

    今日は今月最後のレッスンの日でした。

    ここんとこ、全く練習できていなくて今日もミス連発でした。

    今私が悩んでいるのがボウイング。
    弓弾きですが、どうも音が軋むのです。
    先生のような流れる音色とは雲泥の差。
    我ながら酷い音です。

    コンスタントに練習すれば幾分改善されるのでしょうが、たまにしか演奏しないものだから…。

    早くうまくなりたいと言う願望と、自分の成長が比例していなくて悲しい毎日です。

    目指せ、コンサートデビュー!

    自分で自分を励ますうりぼうでした。

    大阪神戸と行きました
    呆れと喜び

    25,26日と大阪のホテルに宿泊したのですが、会議会場の研修センター行きにはやられました。

    26日の朝は、汗だくでシャトルバス乗り場まで向かったもののいつまで経ってもバスが来ず、我慢しきれなくなってタクシーで移動。後から聞けば20分おきだったそうです。徒歩でも20分はかかりません。

    それでも極めつけは27日の朝。
    ホテルを出た私はすぐにタクシーに乗ったのですが、なんと運転手が道に迷うアクシデント。
    だったら何でカーナビオフにしちゅうがな~!!
    メーターを倒してないからどんどん値が上がり、通常の2倍の料金を払わされる羽目に。
    そこまでして金取りたいがか~!!

    必死で怒りをこらえて作り笑顔で下車。この会社には二度と乗らないことを決意して。

    まぁ、そんな嫌な事も午後からの旧友の再会で吹き飛びました。

    逸早く会いたいからJR新快速で三宮へ。午後1時8分に梅田の会場を出発したのですが、午後2時には三宮の彼のオフィスにたどり着きました。

    神戸のホテルオークラで遅めのランチをとりました。
    話に花が咲き、あっという間に2時間。
    帰りはなんと、車で伊丹空港まで送ってくれました。

    もう感謝感謝です。
    ホント、よかったです。

    私は大阪よりも神戸が好き。

    大阪入り
    ここはどこ?

    こんばんは、今、大阪市内のとあるホテルでブログを書いています。

    日中は普通に仕事をしており、18時30分の伊丹行最終便で大阪に向かいました。
    モノレール、阪急電車を乗り継ぎ、梅田に到着。

    ただ、この時はまだこれから始まる奇跡は予想していませんでした。

    「阪急東商店街を抜けきったところにある」
    地図を頼りに歩き始めましたが、はたして自分が歩いているのがその商店街なのかもわからぬまま雑踏の中を歩き続けました。
    歓楽街の中、スーツケースで歩く私はちょっと浮いた存在でした。

    名も知らぬ商店街を通り抜けると、人影がぱったり途絶えました。
    いったい、目的のホテルはどこにあるのでしょう?

    歩いている途中、交番を探していましたが、見つけることができず、
    「もう誰かに訊かないとダメだ。」
    と観念し、誰かを探してたとき、ふと顔を上げればホテルの名が。

    あった~

    自分が歩いた通りは阪急東商店街であってたんですね。
    もう、よかった。

    直感で誰にも聞かず、意の向くままに歩くこと10分余り。
    ホント、よく着けたなぁ。

    でもさすがに疲れがどっときました。
    今夜は早めに休みます。

    神戸紀行その2
    思い出のポートピアホテル

    先日の神戸のクレサラ実務研究会の開催会場はポートピアホテルでした。

    ポートピアホテルといえば思い出深い場所です。

    平成15年1月、司法書士新人研修に参加した私が2週間にわたり受講したのがこの地だったのです。
    受講者の増加に伴い、これまでの茨城県つくば市での単独開催が困難となり、東と西で会場を分け、西日本は神戸で開催することが決定した最初の新人研修でした。
    現在は新人研修は1週間なので、2週間は長いとはいえ、またとない経験をすることができました。

    私がこの業界に飛び込んで最も長期不在だったのは昨年のオランダ行きですが、それでも1週間でしたから。

    今回はわずか7時間のポートピアホテル。
    それでも5年前の懐かしい研修を思い出すには十分でした。

    しかし、懐かしさの余韻に浸る間もないうりぼうは明日の晩、大阪へ旅立つのであります。

    はりまや橋の溜息
    ファンだったのに~

    昨晩は、高知市内の居酒屋で大学の先輩達と飲んでいました。

    話の途中、とある先輩(私より20歳以上年上です)が携帯電話を取り出し、
    「吉本君、ほら。」ととある写メールを見せてくれました。

    見ると、女優の高岡早紀ではないですか

    なんということだ~

    「先輩、これはどういうことですか
    「いやな、映画『はりまや橋』の撮影でうちの会社に来てて、その後の打ち上げでたまたま隣に立ってくれたのよ。」
    「エ~ッそれはいつの話ですか?」
    「この前の土曜日。」
    「そんなぁ、言うてくれたら飛んでいきましたよ~。」
    「吉本君、高岡早紀のファンなの?」
    「ファンも何も、高校時代からですよ。岡田真澄と出てたマドラスのCMで。」
    「いやぁ、そうか~。彼女、肌が綺麗でねぇ、顔もこんなにちっちゃかったよ。足も細かったしねぇ
    「先輩、マジでむかつきます
    「じゃぁ、この写真、君の写真と入れ替えて撮ろう。」
    「本人と一緒に写っていないからダメですよ
    「あ、そう?ハハハ」

    嗚呼、なんという悲劇。ファンってこんなものなのですよ。

    高岡早紀はかつてNHKドラマ「魚のように」の撮影で中村高校を訪れており、当時中村高在学中だった人にその時の話を聞いてハンカチかじってたのに、36歳にもなってまた同じ思いですよ。

    また、私が高校三年生だった平成元年、わが母校は甲子園に出場したのですが、その年のビクターのポスターに採用されたイメージガールが高岡早紀でした。
    そのポスターにはわが母校名もきちんと記されています。

    ファンとしてみれば、土下座してでも電気屋のご主人にそれをもらっておくべきでした。
    あれから19年。誰か持っていないかなぁ。

    ちなみに、下記映像は私が高岡早紀のシングルの中で最も好きな曲です。
    薔薇と毒薬

    神戸紀行
    猛暑の中での奔走

    3連休のうち20,21日と神戸に行ってきました。
    「クレサラ実務研究会」に出席するためです。

    研究会は21日のみでしたが、朝10時から開催されるため、前日入りする必要がありました。
    高速バスで行く事にしたのですが、ちょうどの時間帯の高知エクスプレス号は帰りの便が満席で断念せざるを得ず、帰りの便に空きのあったハーバーライナー号を予約しました。高知駅発午前9時40分という早い便でした。

    約4時間かけて神戸の三宮バスターミナルへ到着。
    ホテルへ直行してチェックイン。
    午後2時に高知を出発した仲間の到着を待つ間、私は街ブラしました。

    燦々と照りつける太陽の元、元町まで足を運び、入った店がおかきで有名な播磨屋。

    以前、土産で買うてくるように頼まれて食べてみたところ私がすっかりその味の虜になり、今回奮発しました。
    おかげで大きな袋になりました。
    これがスーツケースになかなか入らず、大変だったのですよ。

    でも、荷物が増えても持ち帰りたい味です。私は「朝日あげ」が大のお気に入りです。

    私が今さら言う事もないのですが、まぁ、適度な甘さでやめられない味なのですよ。
    皆さんは、どのおかきが好きですか?

    播磨屋

    クラシックへの誘い
    J.S.バッハはいかが

    今夜7時から高知市の自由民権記念館でクラシックコンサートが行われました。
    高知バッハ合奏団のデビューコンサートです。

    私が通っている楽器教室の先生がベーシストとして参加していました。

    曲目は
    「ブランデンブルグ協奏曲第5番」
    「ブランデンブルグ協奏曲第4番」
    「ヴァイオリンコンツェルト」
    2本のヴァイオリンのためのコンツェルト」
    の4曲でした。

    ヨハン・セバスティアン・バッハといえば、「近代音楽の父」。
    バロック音楽の代表と言える作曲家ですが、アントニオ・ヴィヴァルディも大好きなので、どうも私はクラシックはバロック派ですね。

    打楽器や木管楽器が登場しない今回のスタイルがどうも私は好みのようですね。



    ドジャース名投手列伝
    野茂英雄~日本人大リーガーのヒーロー

    今日、一人の日本人大リーガーが引退を表明しました。

    私がドジャースファンとなるきっかけを作った名投手でした。

    彼の幾多の功績と日本人野球選手に与えた勇気はここで語る必要はありますまい。

    私が印象に残っているのは1995年のオールスターでの快投、1996年のコロラド・ロッキーズ戦でのノーヒット・ノーラン、2002年のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦でランディ・ジョンソンに投げ勝った試合の3試合です。

    大リーグ通算123勝のうち、81勝をドジャースで挙げました。

    ジム・キャリーの映画「ライアー・ライアー」(1997年)でこんなセリフがあります。

    「パパはホゼ・カンセコ、ボクは野茂だよ。」

    アメリカ映画で大リーガーの名前が登場することはよくありますが、当然大選手ばかりです。
    野茂は彼らと同じ様にスクリーンで名前を挙げられる選手になったのです。

    残念ながら2000奪三振とワールドシリーズの夢は叶いませんでした。

    しかし、野茂英雄は日本人大リーガーの先駆者として、ジャッキー・ロビンソンのようにいつまでも語り継がれる存在になるでしょう。
    将来の殿堂入りを願ってやみません。

    野茂投手、本当にお疲れ様でした。
    そしてありがとうございました。



    大リーグ・オールスター
    ナ・リーグ、しっかりせい!

    今日は海の向こうのアメリカで大リーグのオールスターゲームが行われました。
    日本人選手はシアトル・マリナーズのイチロー、シカゴ・カブスの福留孝介の2名が出場しました。
    ロサンゼルス・ドジャースからはラッセル・マーティン捕手が出場しました。

    結果は延長15回でア・リーグのサヨナラ勝ち。
    これで引き分けを挟んでア・リーグの11連勝です。
    近年はワールドシリーズでもア・リーグ優位で、ナ・リーグを応援する身としては、ここ数年のオールスターはつまらん、ってなっちゃいます。

    100年ぶりのワールドチャンピオンを目指すカブスをはじめとしてドジャース以外に頑張れ、と言いたくなるチームが多いのもナ・リーグです。

    昔は(こんなこというとオッサン呼ばわりされるけど)オールスターと言えば、ナ・リーグがその強さを見せ付ける場で、スタン・ミュージアル、ウィリー・メイズ、ドン・ドライスデールなどが大活躍しました。

    この鬱憤をワールド・シリーズで晴らしてもらいたいものです。
    ちなみに現在のドジャースは勝率5割をウロウロしているのでワールドシリーズはうりぼうは諦めてます。


    楽器教室
    力を抜いて

    今日は週に一度の楽器練習日でした。

    今、19世紀に作曲された課題曲を練習しているのですが、なかなか弓で弾くのは骨が折れます。

    力加減が難しく、すぐに軋んだ音になってしまいます。
    我ながら聞いてて酷いです。
    もっと力を抜けば滑らかな音になるのですよ。
    あの美しい音色が聞けるのに。

    先生が弾くと私の楽器も綺麗に音が出るのにねぇ。

    これがスムーズに弾けるようになると、本当に楽しくなると思うのですが、限られた時間での練習ゆえなかなか上達できずにいます。
    凄くもどかしいのですが、根気よく教えてくれる先生のおかげで今もなんとかレッスンに通い続けています。

    レッスン、あるのみですね!


    一週間
    何やかんやでバタバタと

    一週間が幕明けました。
    事務所に今朝来た時は予定表は空欄でしたから、今日はほぼ自分のペースで仕事ができるぞ、と思っていたのですが、なかなかそうはいきませんね。

    予想外の電話や来客があるものです。

    明日は早朝から須崎、午後から土佐山田とろくに事務所にいません。
    こういうふうにしてどんどん溜まっていくのですね…。

    いやはや、時間の使い方は私の永遠のテーマになりそうです。

    ミニ・コンサート
    施設の中で

    今日は午後から高知市内のとある特別養護老人ホームに出かけました。

    私が後見人となっている方がここに入所されているのですが、今日、ここを普段楽団の練習施設として利用している楽団の方々が施設入所者を対象にミニ・コンサートを開催するので、それを見に行ったのです。

    一昨日に毎月の定期訪問で施設を訪れた際にたまたま案内が目に留まり、急遽聴きに行ったものです。

    被後見人・親族の方・私が並んで座り、コンサートに聞き入っていました。
    観客はゆうに50人を超えていました。

    「めぐり逢い」「マイ・ウェイ」「蘇州夜曲」「ピンク・パンサーのテーマ」「ニュー・シネマ・パラダイス」「テネシー・ワルツ」「ビギン・ザ・ビギン」アンコール曲として「花(喜納昌吉)」の全8曲でした。
    全て知っている曲なのでとても楽しめました。
    時間にして約50分でしたが、あっという間でした。

    私のささやかな夢の一つにベーシストとして施設で演奏したいと言うのがあります。
    今日のコンサートでいっそうその思いが強くなりました。

    頑張るぞ!

    飲み会&ボウリング
    なかなか出ない150点

    運動音痴の私ですが、唯一(?)他人と何とか勝負できるスポーツがボウリング。

    まぁ、うまいとは言えるレベルではないですが、楽しめるスコアは何とかマークしています。
    アベレージ120点といったところでしょうか。

    昨日は同業の仲間たちと飲み会に出かけ、その後ボウリングに興じました。

    4チームの対抗戦で3人ずつのチーム対抗戦を行いました(うち1チームは4人なので上位3人で勝負)。
    女性には30点のハンデが付いていました。

    ところが、今回の私はどうもボールが左に流れ、なかなか調子が出ません。
    5フレームで30点台と言うローペースで、こりゃいかんと頑張って後半盛り返しましたが最終的には117点でした。
    チーム全体で339点で第3位でしたが、2~4位が3点差以内という大接戦だったので、第2ゲームが勝負でした。

    俄然気合の入ったうりぼうでしたが、なんと第1フレームでWガター。
    こんな失態20年ぶりぐらいじゃないかしら。
    当然チームのメンバーから蹴りが入りました

    第3フレームから調子を取り戻し、スペアの後にストライクを取って効率的にスコアを伸ばし、最終スコアが140点。第1フレームのミスがなければ150点も可能でした。

    いやぁ、150点は今まで片手で数えるぐらいしかマークしていません。140点台で足踏みすることが多くて。
    150点台がコンスタントに出るようになるとボウリングももっと面白くなるでしょうね。

    で、チームスコアは2ゲームで715点。逆転で2位に輝きました。
    1位は男1名、女性3名のチームでしたが、女性陣がハンデ不要なぐらい好成績を収め、ダントツでした。

    1位にはなれなかったけど、とっても楽しかったです


    失踪宣告
    戦争の暗い影

    今日、私は生まれて初めて死亡届を提出しました。

    私が不在者財産管理人として就職していた方の失踪宣告がなされたためです。
    分かってたとはいえ、何か物凄く複雑な思いです。

    (一部フィクションを交えます)
    その方は戦前に大阪市で生まれで、5人兄弟の末っ子でした。ほどなく相次いで母親と兄弟が亡くなり、戦後しばらく、父親が他界し、孤児となりました。
    いつのまにか住民登録が抹消されていました。

    父方の親族に聞いてもその方に思い当たる節がありません。そこで母方の親族で唯一ご存命の方に聞いてみました。
    「最後に姿を見たのは昭和18年です。」

    私はいろいろな想像をしました。
    大阪の空襲で父親と離れ離れになった少女は自分の名前も父親の名前も分からず、誰かに引き取られ、別の人として生きているのではないか。
    あるいは空襲の犠牲者となったが、遺体の身元確認ができず、死亡届を出せずにいて、戦後、高知へ帰ってきたのは実は父親だけだったのではないか。

    もちろん、これは私の想像です。実際はそのいずれでもないかもしれません。

    ただ、一つ言えるのはこの父娘は戦争によって悲しい運命をたどることになったということです。

    戦後63年経ちました。
    しかし、それだけ長い時間がたっても、戦争の悲しい傷跡は未だ私の仕事の中に残されていました。


    ルパン三世傑作選
    魔術師と呼ばれた男(旧2話)

    次元大介の華麗なる銃さばきからこの作品はスタートします。

    今回のルパンの敵はパイカル(白乾児)。中国のお酒の名前を持つキャラクターで旧ルパンシリーズではトップクラスの知名度があります。

    自分のフィルムを盗んだ峰不二子を連れ出すためにルパンの元に現れたパイカル。

    危険を察知した次元がマグナムを発砲しますが、パイカルはその銃弾を弾き返す肉体を持ち、指先から炎を吹き、挙句に宙に体が浮く不思議な力を持つ恐るべき男です。このパイカルの魔術師たるゆえんがこのフィルムに隠されていたのです。

    全く歯が立たない強敵にいかにルパンが立ち向かったか、それがこの作品の醍醐味であります。
    私個人としては魔術を見破った次元の高笑いがかなり印象に残っています。

    また、拉致されたはずの不二子がパイカルに「坊や」と呼びかけます。
    このことから、不二子はかなり大人の女性として設定されていることがわかります。
    原作者モンキー・パンチも不二子はルパンより1歳年上で描いていました。

    私でなくてもファンなら誰しも傑作に挙げる作品と言えるでしょう。

    緊張のひととき
    国際人には程遠く

    今日は昨日お話したとおり、取引がありました。
    買主はイギリス人。

    英語の原稿を片手に取引場所である銀行に向かいました。
    売主・買主・仲介業者2名・債権者3名と私で計8名が応接室へ。

    実は買主の方は携帯電話で話が出来るぐらい日本語を理解しておられて、会話には何ら困らなかったのが現実です。
    私の原稿は必要なかったのかもしれません。

    しかしながら、売渡証書と委任状の英訳文は買主には好評だったようでほっと胸を撫で下ろしました。
    このような文書には独特の言い回しがあり、英訳するのも本当に一苦労でしたが、喜んでもらえて努力の甲斐がありました。

    仲介業者に促されて英語も多少は話しましたが、大勢の前では緊張してなかなか言葉が出てきませんでした。
    つくづく、私って語学力が弱いんですねぇ。

    学生時代、もっと真面目に英語を勉強しておけばよかったなぁ…。

    英語の勉強
    オランダ以来の苦闘

    今日の午後は電子辞書を片手にパソコンの前にへばりついていました。

    というのも英訳の勉強でして。

    え、なんでうりぼうが英語をするかって?

    実は明日、不動産取引があるのですが、買主がイギリスの方なんです。
    奥さんは日本人なのですが、取引当日は欠席するとの事で通訳が不在なのですよ

    取引には「売渡証書」とか「登記識別情報」などと通常使用されない日本語が飛び交いますんで先方にきちんと伝えないといけないと思い、売渡証書と委任状の英訳をしていたんです。

    英語をこんなに勉強するの、昨年のオランダ以来ですよ。

    でも、ホントに大丈夫かなぁ。
    留学経験がないと、とっさに言葉出て来ないです。
    明日の取引、祈るような気持ちです。

    徳島遠征
    徳島ラーメン

    やっと高知に帰ってきました。
    お客さん二人に会ってきましたのでこんな時間になりました。


    昨晩の懇親会は三次会まであり、ホテルに戻ったのが午前2時過ぎ。

    今朝は9時半から会議が再開です。

    大まかな事は昨日決まっていましたから今日は簡単な打ち合わせで11時過ぎには終わりました。

    その後、メンバーで徳島ラーメンを食べに行きました。
    「いのたに」という店でとても有名な所です。

    県外客が多く、地元客は少ないそうですが、味はいいですよ。
    私は生卵がだめなのですが、そうでない方は是非玉子をのせてお召し上がり下さい。

    中華そば いのたに

    実行委員会
    雨の徳島

    梅雨が明けたはずの四国地方ですが、今朝未明から土砂降りの雨。

    今日は中国四国ブロック新人研修実行委員会のため、徳島市に来ています。
    昨年の5月か6月に来て以来です(鳴門市は昨年11月に来ていますが)。

    道中も大粒の雨が私の愛車に降り注いでいました。

    午前10時半過ぎに事務所を出発、途中吉野川サービスエリアで昼食をとり、午後1時半の会議にちょうどよいタイミングで到着。
    しかし、隣の県とはいえ、徳島って遠いですね…。

    午後5時に会議が終わり、今ホテルの中でこのブログを書いています。

    これから懇親会に繰り出します。
    徳島の夜を楽しんできますね

    梅雨明け
    暑かった~

    昨日の雨もすっかり上がったと思ったら梅雨明け。
    昨年より19日も早いそうです。

    午前中はそうでもなかったのですが、午後がホント、暑かったですね。

    最近、メタボが気になり始めた私は高知市内の移動は極力自転車を心がけています。
    今日も例外ではありませんでした。
    しかし、石立町から自転車で菜園場町・土居町・南ノ丸町へ移動したのは大変でした。
    途中たまらず、コンビニに駆け込み、麦茶をグビビ。

    脱水症状は免れましたが(オーバーやな)、体の火照りはしばらく冷めませんでした。

    今日はホントに暑い一日でした。ドバッと降った翌日にカラッと晴れる、いかにも高知らしい天気でした。

    嬉しい悲鳴
    急ぎではあるけれど

    今日は事務員が休みだったので、一人で事務処理に当たっていました。

    権利証がなかなか渡せずにいたお客さんにようやく渡せてめでたく入金。
    先月末の税金・給料で悲鳴を挙げていたわが事務所が少しだけ潤いました。

    午後になって2つの金融機関から
    「先生、来週早々住宅ローンの抵当権設定がありますからお越しいただけますか」

    最近、ホント、住宅ローンの登記申請が少なく、収入印紙も買い置きする事がなくなっている今日この頃ですが、今日の2本の電話は嬉しかったですね。

    今月末にまた所得税の予定納税がありますし、また頑張らないといけないですね。

    でも、債務整理案件もたまっているんだよなぁ…

    ドジャース名選手列伝
    ロイ・キャンパネラ~強肩強打の名捕手

    古くは土井淳、中沢伸二、若菜嘉晴、最近では中村武志、矢野輝弘。
    彼等の共通点、何だか分かりますか?

    正解は「プロ野球で背番号39をつけた捕手」。

    なぜ、背番号39の捕手が多いのでしょう?
    その理由は1956年、来日したドジャースの正捕手、ロイ・キャンパネラにありました。
    日米野球で満塁本塁打を放ち、また、座ったままで矢のような送球で走者を指すなど、日本の選手に強烈な印象を焼き付けたのです。

    私の知っている限り、大リーグ選手の背番号でここまで日本に浸透した例はないと思います。

    キャンパネラは黒人初(正確にはハーフ)の捕手として1948年、ドジャースに入団、1951、1953、1955年の3度ナ・リーグMVPを受賞しました。
    しかし、1958年のシーズン前、キャンパネラは交通事故を起こし、車椅子生活を送る羽目となり泣く泣く引退。
    ロサンゼルス・ドジャースの選手としてはとうとうプレーすることができませんでした。

    でも、ファンはキャンパネラを忘れていませんでした。
    1959年5月、「キャンピー・デー」と題してヤンキースと特別にオープン戦が開催され、キャンパネラは車椅子で球場に姿を現しました。車椅子を押したのは前年引退したピー・ウィー・リース。
    9万人を超える観客はローソクとスタンディング・オベイションで彼を迎えました。

    陽気なキャンピーもこの日は涙が止まりませんでした。

    1969年に殿堂入り、1972年に背番号が永久欠番となりました。

    1993年に71歳で死去。
    2006年には彼の功績を讃えてドジャースMVPとでもいうべき「ロイ・キャンパネラ賞」が制定されました。

    怒られ人生
    ただ平謝り

    弱り目に祟り目、泣き面に蜂、とばかりに朝からぺこりぺこりの連続でした。

    スケジュールに無理をするからどうしてもひずみが生じ、そこを顧客にづかれて(土佐弁で「叱責される」と言う意味。若い人はまず使用しません)へこんでしまったのですねぇ~。

    事務所に訪ねた同業にふとそんな話をしたところ、皆多かれ少なかれ同じ様な悩みを抱えていました。
    気を取り直して頑張ります、ハイ。

    ところで、この業界に入って5年経って初めてやった仕事があります。
    たぶん同期では私が一番遅いのではないのでしょうか。

    それは、「仮換地指定証明」の取得。
    今、高知駅周辺の土地区画整理事業が行われていて、特殊な地番が付けられているのでその証明をもらいに行ったのです。
    宅建の受験勉強には仮換地の知識が必要ですが、当時から(10年以上も前です)ちんぷんかんぷんでした。

    私の周辺の城山町・石立町は区画整理といったことには無縁ですね。住居表示実施の噂も立ちません。




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