~うりぼうの独り言~
HPなんて面倒くさい、ブログなんて誰も読まないから書かない、って言っていた私がとうとう始めちゃいました。


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    チャップリン映画紹介
    ライムライト(1952年)

    前作「殺人狂時代」でマスコミから痛烈に非難されたチャップリンは、アメリカを離れる決意をします。

    そのアメリカへの置き土産に作った作品がこの「ライムライト」。

    ライムライトは、石灰光灯という19世紀に舞台照明として広く使用されていたライトのことですが、この単語には「名声」という意味も含まれています。

    落ちぶれた老喜劇役者と若きバレリーナの切ない恋の物語。

    喜劇の王様と呼ばれたチャップリンは、悲劇作品でも名作を残しました。

    舞台は1914年のイギリス・ロンドン。
    この年はチャップリンがアメリカで映画デビューした年です。
    ライムライトは、正にチャップリンの自伝映画でありました。

    この作品の出演者で特筆すべきは、チャップリンとともに世界三大喜劇俳優と呼ばれたバスター・キートンが「笑わない」ピアニスト役で出演し、チャップリンの実の息子・娘がメインキャストやエキストラで登場しています。

    また、主題曲「テリーのテーマ」は映画名曲集で必ず取り上げられるスタンダードとなっています。
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    クラシックの時間
    思い出の地、かるぽーとにて

    今日、ヤフーニュースを見ていたら、ロサンゼルス・ドジャースが無安打で勝利と言う珍記録を達成したそうです。

    前置きはさておき、思い切り朝寝坊した私は午後からかるぽーとに出かけました。
    3月に全青司全国大会を開催した思い出の場所です。

    第140回高知交響楽団定期演奏会を聴きに行ってました
    知り合いの方から招待券をいただきまして。
    天気が心配されましたが、幸い雨に降られることもなく、よかったです。

    2時間ほどのコンサートで、曲目は
    ブラームス「悲劇的序曲」
    シベリウス「エン・サガ」
    チャイコフスキー「交響曲第5番」
    でした。

    ただ、自分の勉強不足で3曲とも未知の曲でした。
    作曲家は全員分かるのですが…。

    コンサートを見てあらためて思うのが演奏する事の難しさ。
    長時間にわたって演奏しなければならないのですが、今の私は数分でヒイヒイ言うレベル。

    今の自分はとてもあの楽団に加われるレベルではありませんが、いつかその日を夢見て…

    横浜物語(最終回)
    氷川丸

    6月21日の朝、赤レンガ倉庫を後にした私は、さらに歩を東に進め、山下公園に入ってきました。

    海を眺めながら歩いていると、一隻の船が見えます。

    これこそ、横浜のシンボルでもある氷川丸です。

    昭和5年にデビューしたこの客船はアメリカ・シアトルやカナダ・バンクーバーへ向かう人々を数多く運んできました。シアトルに日系人が多いのもこのためです。
    神戸-シアトル間を14日で結んだそうです。今から考えるとなかなか大変な航程だったようですね。

    昭和7年に来日したチャーリー・チャップリンが乗船し、昭和13年、柔道の父嘉納治五郎が永眠した船であります。

    しかし、戦争が始まるとこの航路は中断し、氷川丸は日本海軍の病院船として使用されることとなりました。
    戦後、国際航路は復活しましたが、船の老朽化、飛行機の発達に伴い、昭和35年、引退しました。

    山下公園を後にした私は、元町を左手に見ながらず~っと南下、結構歩いてようやく石川町駅にたどり着きました。
    寒がりの私がかなりの汗をかきました。

    また機会があれば元町や山の手地区を訪れてみたいと思います。

    これにてうりぼうの「横浜物語」は一旦終了です。
    それでは、またお会いしましょう。

    氷川丸



    後見トーク
    喉が痛い

    今日は昼前から事務所不在でした。

    午後から須崎市内で成年後見に関する講義をし、夜は司法書士会館で自分の成年後見業務についての報告を行いました。

    先週から風邪で喉をやられており、今日はひたすらしゃべったので今も喉が痛いです。

    この二つのトークの合間に事務所で仮眠を取ったのですが、これが仮眠のレベルを超して1時間の熟睡
    よほど疲れていたんですね。

    昨晩あまり寝ていない上に、郊外へ出向いたことによる疲労もあったのでしょう。
    おかげで今は平気です。

    もう少し、事務所に残ってます。

    横浜物語その2
    横浜のシンボル

    今月20日から22日にかけて横浜にいた、と書きましたが、21日の朝、横浜の街を散策しました。

    小雨降る天気でしたが、心躍る私にはそんなの関係なし。

    関内のホテルを出た私はそのまま西に歩き、馬車道へ。

    江戸時代、鎖国が解かれた我が国には外国人居留地が誕生し、彼らは横浜港への往来は馬車を利用していました。そこから馬車道と言う名が生まれました。
    明治時代の雰囲気を味わえる街並みです(もっとも今はかなり変わってきましたけど)。

    馬車道を北上し、地下鉄みなとみらい線の上を歩いて万国橋へ。
    そこから歩みを東に変えて歩くと眼前に広がるのは赤レンガ倉庫。

    数々のテレビドラマ(特に刑事モノ)に登場する横浜の名所と言えるでしょう。
    明治時代末期に建設され、わが国初のエレベーターも設置されていたとの事。

    戦後はだんだん倉庫としての需要がなくなり、平成になってから市が国から買い取り、市の文化資産として保存に努めています。

    この日はイベントが開催され、大勢の人で賑わっていました。


    赤レンガ倉庫



    同窓会
    いつまでも仲間さ

    昨日のブログを書いた後、外出しました。

    神戸から平成14年合格の同期の方が仕事で高知へ来られてて、私を含め3人で市内の居酒屋で酒を酌み交わしました。

    去る6月7日の晩も、彼は神戸からお越しいただいていました。

    この仕事を始めて5年が過ぎました。
    開業時は比較的時間の余裕のあった面々も少しずつ日程調整が難しくなり、皆揃って会う、ということはほとんどありません。

    今回も少人数でしたが、少人数ゆえ積もる話もあり、お互い、いい刺激になりました。

    私も全国でいろいろな司法書士と会う機会はありますが、神戸の新人研修で同じ釜の飯を喰った連中は思い出も深いものです。

    5年経っても県外の方とこうして南国土佐でお酒が飲める、幸せな事ですね

    ♪学校出てから十余年 今日は我らのクラス会
     思い出話に花が咲き 飲んだビールが五万本

    な~んて歌がありましたが(ハナ肇とクレージーキャッツ「五万節」より)、それに近いハッピーな気分でしたよ

    月曜日
    電話と接客に追われて

    今週がスタートしました。

    朝一から接客に追われる一日となり、接客がすむと今度は電話、これの繰り返しの一日で、今朝自分が描いていた構想はほとんど実現できませんでした。

    月曜、ってこうなりますね。

    今週は夜に会などがつまっており、執務後の残業ができない一週間になっています。
    こりゃ大変だ。

    作成すべき書類が目白押しです。
    どうしましょう

    時間の有効な使い方、これは私の永遠のテーマになりそうです。

    ダラダラ過ごしてしまうのは人の常、ダラダラしなければさらにストレスが溜まる、気持ちを落ち着かせる時間も必要なんですよね。

    無事帰宅
    高知にもんたぜよ

    今日も横浜で役員会がありました。

    4泊5日の行程ということもあり、私の疲労はかなりたまっていました。
    9時から1時まででしたが、発表もないこともあり(コメントはしましたが)、正直しんどかったです。

    天気も悪くて、気分も憂鬱でしたから。
    だって、大きなスーツケースがあったので、雨の日には移動が邪魔で邪魔で。

    神奈川県司法書士会にはエレベータがなく、横浜駅も乗り換えのときは階段でした。

    やっとの思いで羽田空港に着いたら、荷物検査が私の前の人間がみなモタモタ、やっと搭乗口についたら、出発が30分遅れますだって。
    もう、勘弁してよ。

    でも、よかったのは、高知へ帰ってから。
    私は空港バスに乗るときは高知駅前観光のバスに乗るのですが、全席スーパーシートということで乗り心地は抜群でした。
    たまにしか乗らないのですが、私は好きです。
    最寄のバス停上町五丁目まで700円で運んでくれますから。タクシー以上に快適ですよ。
    ちなみに首都圏のタクシーの初乗り料金は710円です。

    仕事がいろいろたまっているのは百も承知ですが、さすがに今日はゆっくり休ませてください。

    明日から大変なので。

    横浜物語
    わが心の港町

    今日は全青司役員会が神奈川県司法書士会館で開催されました。
    場所はJR根岸線・石川町駅のすぐそばにあります。

    誰しも思い出の町というものがあると思います。

    36歳になった今でもこの土地を訪れると胸が高鳴り、わくわくするという町。
    横浜とは私にとってそういう場所です。

    東京でも大阪でもなく、神戸や京都でもない。
    少年時代から恋人のように恋焦がれている町がこの横浜市でした。

    大学時代も市外局番045に憧れ、住民票に「横浜市」と記載されているのを見て大喜びしたあの日。
    就職活動を横浜でしようかと思ったこともありました。

    桜木町のランドマークタワー、関内の異国情緒あふれる官庁街、ストリートミュージシャンの音色がこだまする伊勢佐木町界隈、馬車道に元町・中華街。
    実に多くの魅力が詰まっている横浜。

    その町に2泊しています。

    天気が悪いのが本当に残念ですが、私の心は晴れ晴れしています。
    ただ、惜しむらくはジャズバーに行けなかったこと。
    リサーチ不足でした。

    今度来るときはしっかり調べてから来ようと思います。

    さらば浦安
    浦安から横浜へ

    今日は日本司法書士会連合会定時総会の2日目。
    昨日と違って座席の確保済みなので、余裕を持って会場へ。

    質疑・答弁を繰り返し、午後2時に一括採決へ。

    満場一致で可決された議案もあれば、僅差で可決、あるいは否決された議案など、様々でした。

    議決権のない私は後ろの席で成り行きを見ていましたが、結構面白かったですよ。

    午後3時には総会も終結、コーヒーブレイク後、舞浜駅の「ボンボヤージュ」でディズニーグッズをGET。

    そしてバスを乗り継ぎ、横浜へ。
    明日の会議にそなえ、今日はゆっくり休みます。

    総会スタート
    長い一日

    いよいよ今日から第70回日本司法書士会連合会定時総会が始まりました。
    私は傍聴人として参加です。

    傍聴人の座席確保(遅く行くと机がないのですよ)のために今朝は7時に会場に行って場所取り。
    まるで大学生並です(笑)。
    しかも、今年は傍聴人の参加者が少なく、場所にこだわらなければ午前9時でも机の確保はできてました。
    苦笑するしかないですよね

    でも、他の高知県の傍聴人のためがんばっていい席を確保したので努力の甲斐はあったのです。

    総会は午後5時50分まで行われました。
    傍聴人の私は一切発言権限がなく、ひたすら席に座ったまま。

    長い一日でした。

    この後懇親会に出て、その後部屋に戻り、一風呂浴びてこのブログを書いています。
    ホテルの窓の外にはディズニーシーの「センター・オブ・ジ・アース」が見えます。
    あ~ん、乗って遊びたいよう

    浦安入り
    ディズニーランドのそばで

    今日、私は千葉県浦安市に来ています。
    そうです、ディズニーランドのすぐ近くにあるホテルにいます。

    明日から2日間にわたり日本司法書士連合会定時総会が開催されることになっており、オブザーバーとして参加する私はここで前泊しているのですよ。

    場所が場所だけに宿泊客はディズニーランドに遊びに来た方ばかり。
    平日でもこんなに人がいるんですねぇ。

    羽田空港からホテルへ向かうバスもほとんどがディズニーランドで降りる方で、会議目的でここにやってきた自分がちょっぴりむなしかったですね

    本当はビッグサンダーマウンテンに乗って遊びたかったのに~。

    でも、今日の私のメインは前夜祭のパネルディスカッション。
    パネラーとして約1時間、壇上で意見を述べたりしていました。

    緊張していたこともあり、あっという間の1時間でした。
    全国の代議員を前にして、こんなに長い時間しゃべるなんて。

    いい経験になりました。

    明日から本格的に会議です。
    どんな議論が繰り広げられるのでしょうね。


    ここまでを昨日の内に書いていたのですが、トラブルがあって公開できず、今日になっちゃいました。
    ごめんなさいねm(__)m

    ストレスがたまる
    ストレスは健康の大敵

    この職業についてると、どうしても避けて通れないのがストレスの山。

    毎日毎日、どうしてこうも難儀な事が続くのかと悩んでいます。

    占いによると今年の私は乱期で、それが影響しているのではないかと指摘する方もいますが、占いを信じない私はそうなのかな、と思う程度。

    でも売り上げの減少、ストレスの激増、なぜか比例して体重の激増、と今年の私は悩みの種が多いのです。

    誰しも人生には波があるでしょうから、今の自分は谷の時期なのかもしれませんね。

    ストレスにめげず、頑張っていきます。
    明日から4泊5日で関東です。

    思い出のオールディーズ
    HAPPY BIRTHDAY SWEET SIXTEEN

    懐かしい歌声が聴こえる。
    夜更けのラジオから流れるあのメロディー。
    若い日の自分を思い出しながらふと、口ずさむ。

    皆さん、こんばんは。思い出のオールディーズ、パーソナリティの吉本修治です。

    今日紹介する曲は1961年の作品で、ニール・セダカの「すてきな16才」。

    あどけない少女だった君が16才になり大人びて素敵になったね、という内容のこの歌は全米で6位を記録、我が国でも大ヒットしました。

    セダカは1950年代末から1960年代初頭に活躍し、ポール・アンカとともに全米のアイドルでした。

    彼は日本での人気が高く、たびたび来日し、また、1985年には森口博子のデビュー曲「水の星へ愛をこめて」を作曲しています。

    「すてきな16才」は私にとっても思い出深い、大好きな一曲です。

    それではセダカの甘い美声をお聴き下さい。

    すてきな16才

    リーガル総会
    初の試み

    昨日今日と、新大阪駅近くのとあるホテルで「社団法人成年後見センター・リーガルサポート定時総会」が開催されました。
    今回が第9回目の総会でしたが、東京以外で開催されたのは今回が初めて。
    また、総会翌日に「研究大会」なるものが開催され、2日間にわたり活発な議論がなされました。

    行きの飛行機はそうでもなかったのですが、今日の帰りの飛行機がかなり揺れました。
    伊丹~高知便は飛行時間が短いため、ドリンクサービスは自分から申し出ないといけません。

    隣が空いてて席に余裕のあった(エアバスだったので座り心地もよかったです)私は、キャンデーサービスの際に「コーヒー下さい。」と言ったのですが、客室乗務員の方が、「揺れが予想されますので冷たいコーヒーでよろしいですか?」とおっしゃいました。
    いいですよ、と答え、程なくコーヒーを受け取り、さぁ、ミルクを入れようとした矢先、

    グラグラ…。グラグラ…。

    あ、ホンマに揺れだした。今飲んだら撒ける。

    しばらく様子を見ていましたが、客室乗務員も着席で機内サービスストップです。

    10分ぐらいでしょうか、ようやく揺れはおさまりました。
    幸い、コーヒーも零れずにすみました。

    何とか無事高知に戻りました。

    さぁ、明日からまた頑張りましょう!



    また税金
    誰のための労働か

    先日、市県民税の納税通知書が届きました。ほどなく国保の通知書も届くと思います。

    所得税という国税を徴収され、今度は市税、県税の徴収。
    年収に応じて課税されるのですが、一括請求されると、流石に目が飛び出そうになります。

    これらの税金を指を咥えて納付しなければならないなんて。

    睡眠時間削って、お客さんに頭下げながら(今日もかなり嫌味言われました)仕事して、年収の10%を封書一枚でとっていく。
    私、誰の為に働いているのでしょう?

    永田町の茶番劇、苦情に耳を傾けない行政…。
    私の税金、ちゃんと使われているの?
    誰かさんの私利私欲に使われていないでしょうね?

    今日はちょっと嫌な事もあったので、嘆きのメールにしました。
    特定の人物に対する批判を書いているわけではないので勘弁してください。

    告別式
    後見人として

    今日は昼の時間を挟んで2つの告別式に参加してきました。
    いずれも高知市外で東西に分かれていたため、昼休みは移動で消えました。

    1件目が取引先の社長のご尊父さんの式で、2件目が私が後見人となっている方の知人の式でした。

    2件目の方は面識はあったのですが、私がその方にお会いしたのは一度だけ。入院先のベッドの上でしたが、それから一月も経たないうちに亡くなるとは…。
    その方と私は直接のつながりはなく、被後見人がお世話になった近所の方。
    被後見人の方が健康でしたら、この方の告別式には参加していたはずだ、と思い、列席しました。

    こんなこと考えて葬儀に参加したのは初めてです。
    通常は、被後見人が元気なとき、どういう方と交流があったかは知ることはなかなか出来ません。
    ですから、葬儀の参加など考えた事もありませんでした。

    ですが、今回は私は後見人としてその故人にお世話になり(詳細は書けませんが、被後見人の窮地を救っていただいた、ということです)、手を合わせるのが筋と考え、足を運びました。

    後見人の職務ということで考えると、葬儀の参列は該当しません。
    でもやはり、今回の葬儀は参列して正解だったと思っています。

    被後見人に代わって「ありがとうございました」と故人に手を合わすことが出来たのですから。

    講演会
    面白かったですよ

    今日は夕方6時半から高知市の城西館へ講演会を聞きに行ってました。

    講師はスポーツジャーナリストの二宮清純氏。
    「勝ち続ける組織の人づくり~スポーツに見る人材育成の要諦」と題して約80分、熱く語っていただきました。

    「尊敬している人物は正岡子規と坂本龍馬」という話から始まり、氏と交流の深い野茂英雄や川淵三郎の話、尊敬する選手として金本知憲・川相昌弘、尊敬する監督として川上哲治・三原脩の話、と話の種は尽きることなく、あっという間に時間が過ぎていきました。

    中でも面白かったのが楽天・野村克也監督の話。二宮氏は野村監督の物まねをしながら、面白いエピソードを語ってくれました。
    阪神監督を務めていた時期に、沙知代夫人の脱税問題が発生し、二宮氏が野村監督に辞任を勧めたところ、監督はうつむいたままずっと無言。重苦しい空気が流れ、二宮氏が神妙な面持ちで退席するとき、

    「ワシャ、にっちもサッチーもいかなくなった。」

    とダジャレをポツリ。
    二宮氏がズッコケたのは言うまでもありません。

    冗談はさておき、二宮氏は最後に
    「偉大な指導者は己の背中を正している(人は他人の背中を見て育つ)」という言葉を強く語り、降壇しました。

    私の背中って人に見せられるもんじゃないですね…反省

    塵も積もれば
    200回記念

    今夜は自宅でブログを書いています。
    私の記憶ではブログを自宅で書くのはおそらく初めてだと思います。

    昨年から始まった「うりぼうの独り言」も本日で200回目となりました。
    これもひとえに応援してくださる皆様のおかげです。
    この場を借りて厚く御礼申し上げます。

    ブログを開設するにあたり、もともとあまり乗り気ではなく、またネタ探しに困窮するかな、と思っていたのですが、何とかなるものですね。

    過去のブログをいろいろ振り返ってみると、今読んでも笑ってしまうもの、恥ずかしいもの、いろいろあります。
    私が本名でこのブログを書いているため、ここには書けないネタもたくさんあります。
    ここで紹介できないのは残念ですね(笑)。

    この200回のブログは私の日記であり、自叙伝であり、履歴書でもあり、私自身は宝物のように愛しています。

    時折マニアックネタで苦笑されるものもありますが、このスタイルは続けていきたいと思います。
    今度いつ新しいカテゴリーが誕生するかもしれません。

    このブログが500回、1000回と続くかどうかはわかりませんが、可能な限り書き続けたいですね。

    皆さん、これからも「うりぼうの独り言」をどうぞよろしくお願いします。

    コンサート
    マンドリンの調べ

    昨日は高知県民文化ホールでマンドリンコンサートが催され、聴きに行ってました。

    本当はこのコンサートは私もメンバーに入るつもりだったのですが、土日に県外出張する事が多く、練習に参加できないため、加入を見合わせたのです。
    観客席に知り合いの方がいて、
    「あれ、吉本君、前におらんやないか。」
    と言われてしまいました。
    本当は参加したっかのですよ。残念。

    マンドリンコンサートということで、その他の楽器はサブ、コントラバスも例外ではありません。
    しかし、職業病、とでも言うのでしょうか、私は2時間余りのコンサートで、ほとんどコントラバスの方を見てました。他の方の弾き方はとても勉強になりますので。
    今回はコントラバスは2名のみでした。3名いないと、コントラバスはなかなか聴きづらいですね。

    マンドリンの名曲と言えば故藤山一郎の「丘を越えて(おんちゃん齢なんぼ?)」やチャールズ・チャップリン作曲の「マンドリン・セレナーデ(高知放送の天気予報のBGMに使用されています)」がありますね。

    昨日見て感じたのですが、私ももっと自分の趣味の時間を取って楽器練習の時間を確保しなければ、と思ったものです。

    早くあの舞台に立って皆と演奏したいな。

    オンライン苦闘記
    どないなってんのや、しかし

    いきなり横山やすし口調ですみません。

    私は商業登記は現在100%、オンラインで申請していますが、それに比例してトラブルが増えています。
    設立登記申請の際に電子定款をファイルに添付して送信しているのですが、なぜか最近、送信エラーばかりなんです。
    法務局の担当者、ソフトを制作した業者にそれぞれ電話をかけても原因が分からずてんてこ舞い。
    おかげで処理が進まず、結果的にお客様に迷惑をかけることになるのです。

    「もう一度送信しますので補正メール(注・法務局からこのメールがこないと私のパソコンからは再申請ができないようになっています)を送ってください。」
    と法務局に電話したら、数十分後に
    「端末が不具合をおこして補正メールが送れません。」
    との返事がきました。

    紙の定款添付だとこのようなトラブルにはなりません。
    オンラインシステムの脆弱性を露呈した事故です。
    一見便利な制度も相手が機械だけにトラブルを起こされると私では対処できません。

    何が一番便利なのか自問自答してしまいます。
    やれやれ…

    訃報
    海がきこえる

    今日、作家の氷室冴子氏が肺癌の為、51歳でお亡くなりになりました。
    ご冥福をお祈りします。

    氏の作品の一つに「海がきこえる」があり、高知市の高校生を主人公にした内容ということ、スタジオジブリがアニメ化していることで皆さんには大変おなじみの一作と思われます。

    この作品の舞台は校舎こそ、高知県立追手前高校がモデルになっていますが、小説を読めば分かるように、我が母校土佐高校が舞台の作品なのです。

    今から20年前の昭和63年、当時土佐高校2年生だった私は、ある日の選択授業が教師の欠席により「S(エス。土佐高用語で自習の意味)」になり、隣の小教室に友人達と移動しました。
    要するにサボリ。
    勉強もせず、雑談ばかりしていました。

    すると、当時の校長先生が本来の教室を訪れ、「作家の氷室冴子さんがお見えになられました。皆さん、お話を聞きましょう。」とおっしゃいました。
    とあるイベントに招待されて高知に来られており、その合間に我が母校を訪れたのです。

    彼女が「なんて素敵にジャパネスク」の作者ということは何となく知っていましたが、隣の教室にいた私達は、今さら教室に戻るのはバツが悪いということもあり、そのまま残っていました。

    その時、氷室氏は私の同級生達と話をし、それをヒントに「海がきこえる」を書いたのです。
    本作がベストセラーになったことを知った私が「もったいないことをした」と思ったのは言うまでもありません。
    「海がきこえる」は東京都・吉祥寺駅も舞台になっていますが、私は吉祥寺駅から電車一本で行ける本命大学の受験に失敗しました。
    単なる偶然ですが、滑稽ですね(もっとも、青山学院大学も電車一本で行けるんですが。うふふ)。

    受験生諸君、サボったらいかん時にサボるとろくな事にならんですよ。


    忘れかけていた少年時代の記憶がふと蘇りました。

    氷室さん、安らかにお眠り下さい。合掌

    ルパン三世傑作選
    ルパンは燃えているか…?!(旧1話)

    今回から始まったこのシリーズ、私が所有するルパン三世DVDから、私の独断と偏見でお気に入りの作品を紹介しま~す

    私が生まれる直前に始まった記念すべき第1回目の放送。
    冒頭にある旧というのは昭和46年から始まった全23話のシリーズのことをさします(ファンの間ではわかります)。

    舞台はサーキット場、飛騨スピードウェイです。
    ルパン三世と次元大介の絶妙のドライビングテクニックを堪能することができます。

    なぜか、このレースには銭形警部も参加していました。
    「ルパン、貴様を追いかけてもう何年になるだろう…。血が、宿命が…。貴様が怪盗ルパンの孫でなかったら、俺が銭形平次の子孫でなかったら…」

    メチャクチャハードボイルドですぞ。

    第1話の敵はミスターX。声優は私の大好きな滝口順平です。

    この作品に限らないのですが、ルパン三世のアニメは物の描写が正確で自動車や腕時計などが実に詳細にえがかれています。ここがファンに受け入れられる理由の一つだと思います。

    また、ヒロイン峰不二子も登場しますが、ルパンが最後に「裏切りは女のアクセサリーみたいなものさ。」と言うシーンがあります。
    新シリーズの「ふ~じこちゃ~ん」からは想像もできません(笑)

    ドジャース名選手列伝
    デューク・スナイダー~銀狐公爵

    1950年代のニューヨークの3球団には、それぞれ人気・実力とも不動のセンターがいました。

    ジャイアンツにはスーパー・スターのウィリー・メイズ、ヤンキースには史上最高のスイッチヒッターのミッキー・マントル、そして我がドジャースには「シルバー・フォックス」と呼ばれたデューク・スナイダー。

    通算成績で見れば、メイズ、マントル、スナイダーの順であるのは明らかですが、これを3人が揃った1951年からドジャースとジャイアンツがニューヨークを去る1957年まで、という期間に限定すれば、スナイダーが一番優秀な成績を収めています。

    1947年にメジャーデビューを果たし(ジャッキー・ロビンソンと同期)、以後ドジャース不動の3番打者として活躍。
    特にワールドシリーズに強く、初ホームランを打った1952年以降、全てのシリーズで本塁打を放ち、ナ・リーグ記録の11本をマークしました。中でもシリーズ4本塁打2度達成(1952年、1955年)はスナイダーだけの記録です。

    1955年にはMVP、1956年には本塁打王を獲得しますが、生まれ故郷ロサンゼルスにドジャースがやってきてからは年齢のせいもあって大した成績は残せず、1964年、サンフランシスコ・ジャイアンツで現役引退。

    1980年に晴れて殿堂入りを果たしました。
    背番号4はドジャースの永久欠番です。

    ちなみに下記映像は、3人の人気選手を歌った曲です。
    これからもいかに彼らがファンから愛されていたかがわかるでしょう。


    ウィリー・ミッキー&ザ・デューク

    お酒はほどほどに
    呑まれちゃだめねぇ

    先日は大酔いして大変だったと書きましたが、その余波が出て困っちゃいました。

    日中、何気なくその日に一緒だった仕事仲間と電話してたら、「あの日はあんなんだったよ(内容はカット)」と言われ、赤面。
    イヤ~ン、恥ずかしい!

    あと、大事な名刺入れをどこにしまったかを失念し、あちこち探し回ってようやく発見。

    醜態が後から後から出てきてみっともないったらありゃしない。

    元々そんなに強い方ではないのですが、何か勢いで無茶飲みする事があって、翌日後悔する事もしばしば。
    こりゃ、禁酒した方がいいのかなぁ。

    最近、お腹がメタボ気味で皆に笑われるしね…。

    郵便事故?
    普通郵便では…

    県内のとある市役所に郵便で固定資産評価証明書を請求していましたが、いつまで経っても返送されないので電話したところ、

    「うちには届いてないですよ。」

    との回答でした。

    そんな馬鹿な、と思い、うちの事務所の帳簿をチェックしたところ、確かに5月9日に返信用封筒を同封の上、請求書を郵送しています。請求書には通し番号が付けられているので、自分が何番の請求書を送付したかも分かっているのです。

    しかし…

    普通郵便で出したので、こちらが発送した事も向こうが受け取った事も証明できないのです。

    高額の郵便小為替を送る時は配達記録郵便で送付していますが、今回は無料の交付請求書。
    流石にそこまではしません。
    到達をめぐって言い争っても水掛け論になるのでやむなく再申請しました。

    普段はさりげなく貼っている80円切手。
    配達記録は210円増し。

    今回は80円しか貼っていなかったのでこっちが折れるしかないのですよ。無念。

    喜んだのは車で証明書を直接取りに行った事務員だけでした。チャンチャン

    多忙の3日間
    会議、会議、また会議

    ここんとこブログが休みがちでしたが、本日再開です。

    先月30日は夕方からリーガルサポート高知支部総会があり、支部長の私は準備に大わらわでした。

    何とか無事に総会が終了し、その後の懇親会へ。
    この後、大量に飲酒したのがたたり、帰宅するや否や、玄関先で爆睡。
    起床後も気持ち悪さが収まらず、トイレにこもりっきりでした

    先月31日は11時の飛行機に乗る予定でしたが二日酔いでとても車を運転できる状態ではなく、送ってもらいました。空港でもトイレにこもる醜態振りでした。トホホ。

    でも、飛行機が羽田に着いたあたりから徐々に落ち着きを取り戻し、東京四谷にある全国青年司法書士協議会事務局へ到着です。
    昨日今日と私が所属する司法・司法書士制度研究委員会の会議が行われていたんです。
    会議後は銀座に繰り出しましたが、二日酔いもあってお酒の量は進みませんでした。

    で、今日も会議。昼前に終わったと思ったら、午後から日本司法書士連合会定時総会対策会議。
    ありゃりゃ。
    飛行機の関係で途中で抜けざるを得ませんでしたが、ようこんなに会議しましたわ。

    おかげで仕事がたまりにたまっています。

    明日からですね。今日はゆっくり休みます。





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