~うりぼうの独り言~
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    第2回全国中等学校優勝野球大会
    大会初の

    大正5年8月、大阪豊中球場で開催されました。

    連覇を狙う優勝候補京都二中が初戦で岩手・一関中にサヨナラ負けという波乱がありました。

    その一関中打線を完璧に抑えたのが大阪・市岡中の松本終吉投手。
    何と、大会初のノーヒット・ノーラン達成です。

    しかし、その松本投手が準決勝で負傷したため、決勝戦は登板できず。

    対戦相手は慶應義塾普通部でした。
    今、慶應義塾高校は神奈川県にありますが、当時は東京府(!)代表。
    この慶應の2番打者だったのがジョン・ダン一塁手という米国籍の黒人選手。
    今大会で最も注目されていた選手でした。

    決勝は、エースを欠く市岡中が3回にエラーで自滅し、6対2で慶應の優勝。
    慶應の山口昇投手は既に大学生でしたが、当時の大会の選手資格基準が曖昧で、今ならありえないことが起きたんですね。
    山口投手は相手打者が小学生みたいに見えた、と述懐していました。

    ちなみにこの山口投手は、後年、トヨタ自動車の社長となった方です。
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    嗚呼甲子園
    第一回全国中等学校優勝野球大会

    今回から始まりましたこのコーナー、高校野球フリークの私が第一回大会から順に思い出深い試合を紹介する内容です。

    記念すべき第一回は、大正4年に開催された本大会の決勝戦をご紹介します。

    全国73校の地区予選から勝ち上がった10校が大阪府豊中球場に集結。

    決勝戦は京都二中と秋田中の戦い。
    息詰まる投手戦で1対1のスコアで延長戦に。
    遂に延長13回、サヨナラ勝ちで京都二中が初代優勝校となりました。

    その日の内に京都に戻った選手達は早速優勝パレード。
    夜でしたが、京都市民は熱烈に歓迎しました。

    優勝の副賞として学校に50円(現在だと約20万円)の図書券が贈られましたが、疑問の声が多く、一回限りで取り止めになりました。

    その後京都二中は戦後の学制改革で洛南高校となり、程なく廃校。

    しかし、高校野球ファンは第一回優勝校が消滅することを残念がり、同じ敷地内にあった鳥羽高校を京都二中の継続高校としました。特別措置なんですね。

    次回は大正5年の第二回大会を紹介します。




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